「これでいいかな」
 岬はおそるおそる広げてみせる。その手にあるのはチェックのプリーツスカート。テ ーブルには数着の夏制服が並べてあった。
「んーとね…」
 一瞬ぽかんとした間があって岬を心配させたが、翼は単にどれにしようかで迷ってい ただけらしい。
「こっちにするよ、赤いほう!」
 決めた途端に翼は元気よくその一つをを指さした。





ダンスステップのように
 〜舞台裏編〜






「でも、さすがは岬くんだね。変装なら絶対岬くんに頼まなくちゃって思ったんだ」
「そ、そう?」
 どういう形にしろ、この全面的信頼には自然と嬉しさがにじんでしまうのは岬の悲し い職業病だった。もちろん、相手は翼限定だが。
「あ、ちょっとじっとして。結び直すから」
「うん、ありがとう」
 一度自分で結んだリボンを、岬が一度ほどいてからていねいに結び直すのを翼はくす ぐったそうな顔で見つめていた。
「はい、服はこれでできあがりだよ」
 半袖の白シャツに赤いリボン、そしてミニのプリーツ。ハイソックスは白、そして黒 の通学靴。
「どう? 変じゃない?」
「い、いや…」
 岬はらしくもなくうろたえる。
 この歳で、男がこんな服装していいわけはないのだ。変っちゃ変、絶対に!
と心の中でつぶやきつつも、目の前に立つ翼にはとても本当のことは言えない。
 本当のこと――それは、「変」でも「似合わない」でもなく、
「可愛い…」
 似合ってどうする〜!という突っ込みはどこへやら、翼が後ろを向いた隙に小さくつ ぶやいてみたり。
「ん〜」
 翼は部屋の向こう側にある姿見をじっと覗き込んでいた。リボンをいじったりスカー トを引っ張ったりしつつ、難しい顔をしている。
「あ、翼くん、念のためにスカートの下にこれはいて」
 スパッツというわけにもいかないので練習用のサッカーパンツで代用する。もちろ ん、岬の心の平和のために。翼は上の空でそれを受け取った。まだ気になるところがあ るのか?
「ねえねえ、胸はもっとあったほうがよくない?」
 ガシャン!!
 岬の心の中で悲鳴が渦巻く。
「…い、いいんだよ、中にキャミソール着てるから一応ほんのりとボリュームあるし。 それで十分だよ!」
 翼くんに、翼くんに「○ラ」なんてさせられるもんかー!
 顔色が赤くなったり青ざめたりしている岬を不思議そうに振り返って翼はとりあえず 納得した。
「じゃあと顔はどうするの? カツラとか?」
 岬ははっと我に返る。
「あ、そうだよね。変装対決なら君だとわからないようにしないといけないよね」
 ごそごそとメイク用のボックスを探してウィッグを準備する。
「帽子でごまかせないからどうしてもウィッグだよね。髪色は薄くして、君のイメージ から遠ざけないと。学校じゃなく放課後なんだから遊びっぽくするかな。それでい い?」
「うん。岬くんに任せるよ。俺、メイクなんてわかんないし」
「ボクだってわからないけどね」
 試行錯誤はしかたがない。女子高生なんてテーマの変装テクなんて、いくら岬でも持 ち合わせているはずはないのだ。
 顔の輪郭を少しでもソフトに見せるために長めのカーリーでサイドをカバーしさらに エクステを使って一部分だけアップでポイントをつける。
 眉は前髪で隠れるようにしてその代わりアイラインを目立たないように使って目の印 象をより女の子らしく変えてみる。あとはリップグロスを少々。
「…う」
 岬はつい顔を背けてしまった。頬がゆるむのを必死に隠す。
「さ、さらに可愛くなっちゃったじゃないかー」
 もちろんこれも心の声である。うつむいて最後にネイルを仕上げてようやく顔を上げ た岬は、翼をもう一度鏡の前に立たせた。
「どうかな。あと直すところとか?」
「へ〜」 
 翼は驚いた顔で鏡の中の自分の姿を見つめていたが、くるりと振り返って岬にその姿 を指し示す。
「ほんとに、女子高生だねー」
「そんな、他人事みたいに……」
 努力が認められたことは嬉しいのだが、次にはじわじわと不安が湧き上がる。
「ねえ翼くん、本当にその格好のまま行くの? 街に1人で出掛けてくなんて、心配だ よ。タクシーで直接、集合場所に行ったほうがよくない?」
「大丈夫だってば。東京の地下鉄には慣れてるから迷わないよ」
 マスコットをいっぱいつけたスクールバッグを振り上げて翼は元気いっぱいに出て行 ってしまった。
「そういう意味じゃなく…」
 力なくつぶやいた岬は、そこでふと考え込んだ。
「でも、変装コンテストって、なんで翼くんあんなに入れこんでるんだろう、絶対勝 つ、なんて言って」
 サッカーに関してならわかるが、そこまでして勝ちたい理由が岬にはわからなかっ た。
「え、三杉くん…?」
 それから1時間ほども過ぎた頃、思いがけない相手から携帯に連絡が入る。
「違っていたら申し訳ないんだが――」
 三杉の声に珍しくもあせりがある。
「僕と君が連絡を取り合わないだろうことを見越してまんまと騙してくれたようだよ」  翼の言う「変装対決」が何だったのかを知った岬は呆然とする。
「ゆ、許さない! …小次郎ってば!!」
 せっかく可愛く仕上げた女子高生姿に魔の手が…!
 不本意な相手との共同戦線でも目をつぶるしかないと決意して、岬は飛び出して行っ た。
 さて、その結末は…?



 【 END 】




すみません、悪乗りでオマケです。
岬くんの努力はあんな結末を迎えてしま いました。
ところでこの人たち、何才の設定なんで しょうねえ。謎ということにしておきま すが。


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