ユニフォーム・その後





1.南葛にて



 奈津子さんは干そうとした洗濯物の一つにふと手を止めた。
「あらっ…これって」
 見覚えのないサッカーウェア。黒い地で、息子のものよりサイズが大きい。 「翼!」
 家の中に声をかける。
「これ、日向くんのでしょ?」
「うん」
 夏休みの休日を自宅でのんびり過ごしていた翼はうなづく。
 奈津子さんはにっこりした。
「あなたには大きいから母さんがもらって着ようかな」
「だめ〜っ」
 冗談でもだめ。
「じゃあどうするの」
「せっかくもらったものだから俺もいろいろ考えてたんだよね」
 そう言って翼は母親にある頼みごとをした。
 そして夜――。
 テレビの前の翼に奈津子さんは台所から呼びかける。
「翼、明日は病院でしょ。もう寝なさい。――あら?」
 返事がないので覗いてみれば、翼はいつの間にかぐっすりと寝入っていた。今 日できあがったばかりの日向のユニフォームクッションに顔をうずめてそれはも う気持ちよさそうに。
「まあ、日向くんの胸ってそんなに眠りやすいのかしら」
 中身はパンヤだけど。
 奈津子さんはくすくす笑いながらカメラを構えた。
「日向くんにお礼を言わないとね」
 数日後、東邦に届いた手紙に同封されていた写真に、日向は沈没した。
「キャプテン、これはどーゆーことです!」
 若島津がいくらすごんでも、もちろん日向に非は何もない。







2.東邦にて



 その日向の手元にも、もちろん翼のユニフォームがあった。
 寮の自室にハンガーにかけられているそれは、あの歴史的な激闘を物語るよう に、土にまみれ、また引きちぎれた片袖など損傷も激しかった。
「すいませーん、キャプテン」
 若島津が部屋に入って来るが日向はいない。
 代わりに目に入ったのが、そのユニフォームだった。素っ気なく壁の一隅に掛 けられているそれが妙に存在感を持っているように感じられる。若島津の拳がわ なわなと震え始めた。
「大事そうに…こんなに…」
 若島津の冷静さといってもそれは表向きのこと。誰もいない場所でいきなりぷ つんと切れたのは無理からぬことだったかもしれない。
「きえぇぇぇ〜っ!」
 ちょっとまあ八つ当たりくらいのつもりだったが、若島津の空手技は相応の威 力を見せた。
「し、しまった」
 無意識に本気を出してしまったらしい。気づけば翼のユニフォームは形もない くらいに裂けてしまっていた。理性が戻れば目に浮かぶのは日向の怒りの形相で ある。
「ど、どうすれば…」
「わかしまづさんっ!!」
 いきなりその目の前に嬉々とした顔のタケシが飛び出した。
「それ、翼さんのユニフォームですよね!」
 タケシは若島津に向かって真剣な眼差しで力説する。
「少しでいいので分けてもらえませんか? 僕、お守りにしたいんです、翼さん みたくなれるように」
「えっ…あのな、タケシ――」
 若島津が口を開こうとした時にはタケシはいち早くその手からユニフォームの 一片を取り上げていた。
「ありがとうございました〜」
「おい、ちょっと…」
 呼び止めようとしたそこに今度は別の顔が現われて若島津はフリーズした。
「はーいっ、若島津!」
 こちらもニコニコ顔の反町、そして島野だった。
「タケシにだけなんて言わないよな。妹が来年受験なんで、それ、お守りに分け てくれよ」
 反町が迫る。さらに島野までが。
「ウチ、酒屋なんで商売繁盛に」
「――いや、だから…えっ?」
 いつのまにか部屋にはぎっしりと人で埋まっていた。東邦サッカー部レギュラ ーの面々が顔を揃えて大真面目に話し合っているのだ。
「オレさあ、単位取れるか心配で」
「兄貴が今度アフリカに行くから飛行機落ちないように」
「田舎のじいさんがぎっくり腰やっちゃってさ」
「彼女がオメデタなんだ。安産にもきくかな」
 おい、誰だそれは!
「魔除けには絶対これだよな」
「うん、これさえ持ってれば死なない!」
 どこからわいてきたのやら。
 とにかく、若島津が気づいた時にはユニフォームの破片はきれいに持ち去られ ていた。どっと疲労感だけが残る。
「う…キャプテンに何て言い訳すりゃいいんだ…」
 若島津は手に最後に残った切れっ端を見つめてうなだれる。
「おーす」
 そこに日向が戻って来た。
 壁にぱっと目をやれば、そこにはハンガーに唯一残ったユニフォームのカラー 部分が。
「えっ…ええっ!」
 日向は愕然とそのカラーを握りしめた。
「俺の、翼(のユニフォーム)がぁあああ…」
 後悔に打ちひしがれていた若島津だったが、その日向の反応にふっと我に返っ てしまった。
「宝物だったのに〜〜〜」
「はいはい」
 また不機嫌になりながら、若島津は最後の一片を握りしめる。
「これは俺がもらっておく。日向さんにこれ以上虫がつかないように」
 こうして翼のユニフォームのご利益は東邦チームに平等に行き渡ったとさ。



【 おわり 】








あの中学生大会の決勝戦の翌日の話です。
いや、これも自作マンガのノベライズなんですが、あま りに古くてまだ自分設定の若島津が不気味くんになって ませんね。
両方とも、ユニフォームの冥福を祈ります。