これは大事件! 〜「矢まつやま」編〜






    1993年、Jリーグ開幕の年。
    その同じ頃に世間を騒がせた「矢ガモ」。その姿はとある人物を
    連想させずにいられなかった・・・



「ま、松山くんっ!?」
 思わず悲鳴を上げたのはふらの中サッカー部マネージャーの一人、藤沢美子だ った。
 部室の前に立つサッカー部キャプテン松山の姿を見て彼女は真っ青になる。松 山の肩口に、大きな矢が背中側から刺さってそのまま腹に突き抜けているのだ。 「あ? どうかしたか、マネージャー」
 しかし松山はまったく平然としていた。
「そ、その矢…」
「ああこれか」
 松山はあっさりとうなづいた。
「知らない間に刺さっちまっててよ。なんかジャマだけどしょーがねえしな」
「だめよ! そのままじゃ死んでしまうわ!」
 自分のほうが卒倒しそうになりながら美子は必死に懇願した。
「平気だって。それより練習練習」
 しかし松山は平気な顔で着替えに入って行ってしまった。
「松山くん〜!」
 美子の絶叫は聞き入られることもなく練習が始まる。
 松山は今日も絶好調。矢が刺さっていることなどすっかり忘れてグラウンドを 縦横に駆け回る。
「そ、そんな…」
 へたりこむ美子の隣で呆れ顔の町子が携帯を取り出した。
「まったくしょうがないったら、もう」
 そして・・・
「こらっ! てめー、松山っ!!」
 やがてそこにとどろく怒号。
 仁王立ちになっていたのは日向だった。
「なっ、なんだそのふざけた格好は! ゆっゆっ、許さねえぞっ!」
 怒りのあまり真っ赤になっているが、その一方でどうやら腰が引けている様 子。実はスプラッタが少々苦手な日向だった。
 さらにはその背後に隠れるように代表仲間の面々が覗いている。
「…な、なんて無残な姿に」
「わ〜、すごい、松山くんっ!」
 なぜか勘違いしている者も約1名いるが。
「ヤツを止めろ! つかまえて病院にブチ込むんだ!!」
 日向の絶対命令も空しく、代表メンバーたちの手をかいくぐって松山は練習を やめようとしない。
 見る者誰もが青ざめるその姿のまま、松山は元気いっぱいだった。衰弱するこ ともなくただただ無心にサッカーを続ける。
 その間にも松山のその映像は全国ニュースで流され、世間は大騒ぎになってい った。サッカー協会の電話は連日鳴り続け抗議の声はとどまることを知らなかっ た。
「早く助けてあげて!」
「なんとかならないんですか!?」
「かわいそうですっ!」
「松山のサインください!」
 これは違う…。
 苦情窓口の担当にされた片桐などは倒れる寸前になるほど。
「しかたがないね…」
 ため息をついてついに三杉が動いた。
「もう君たちに頼むしかなさそうだ。よろしく」
 視線の先で松山は実に楽しげにボールを追っていた。
「よぉおお〜し、シュート、行くぜーっ!」
 ゴールを目指して一直線にドリブルしていく松山。
「止められるもんなら止めてみろいっ!!」
 そのゴール前には3人の代表キーパーがまとめて立っていた。
 ボールはみごとにゴールネットに突き刺さったが、そちらは完全スルーしてそ の腕の中に3人がかりでがっちりと松山をキャッチしている。
「あいにくだったな、松山」
「ふっ、またつまらないものをキャッチしてしまった…」
「こ、こ、こわいよぉ〜(矢が)」
 と、三人三様のセリフを吐きながら。
 こうしてついに松山は捕獲され、病院に強制収容されることになった。
 すぐに手術が執り行われる。
「矢は抜けたよ」
 三杉がその経過を説明した。
「肩から腹に貫通していたんだが、奇跡的と言うか、たまたま内臓にも血管にも 損傷はなかったそうだ。あとは穴がふさがれば問題ないらしいよ」
 チームメイトはどよめく。どんな「たまたま」だ。
「それとね、レントゲンを撮ったところそれとは別に首に散弾2発が入ったまま になっているのが見つかった」
「なに〜っ!?」
 動揺が広がる。
「医師団としては、本人が気にしてないようだから摘出はしないでおくって」
「おいっ!」
 聞いているほうが耳をふさぎたくなる状況であった。



 松山はあっさりと回復し、そして放された。
 きょうもどこかで元気にボールを蹴っているはずだ。
 また、帰って来いよ、松山。

【 おわり 】








シュールですみません。しかもネタは古いし…。
オフ本『これは大事件』の「矢まつやま」のノベライズ
です。グロかったかな。