「おい、見たか、期末試験の…」
「松山だろ」
みな驚いたのは同じらしい。
「いきなり10位内だもんな」
「サッカー一筋かと思ってたんだがなあ」
さすがは武蔵、名門だけあって表現が穏便だ。これが東邦あたりなら一言、『馬鹿』で片
付けていただろう。
「三杉さんが替え玉受験してたとか」
「おまえなぁ、三杉さんはしっかりいつものベスト3をキープしてるんだぞ。じゃ、何か、
こっちは松山が替え玉してたって言うのか?」
やめてくれ。ロッカールームの1年生部員たちは一様に怖い考えになってしまった自分に
気付き、めいめいにブンブンと首を振った。
「人は見かけによらないってほんとだな」
「そいつは変だよ。三杉さんと同じ顔してるのに」
何人かはしみじみとうなづき、また何人かは納得のいかない顔で首をひねる。あの二人が
似ているか否か、賛否両論ということらしい。
「双子って似てるようで似てないところもあるんだよ」
結論のつもりで言った言葉が、いきなり波紋を呼んでしまった。
「おいおい〜、誰が双子だって〜!」
「ええーっ、やっぱり双子って本当の話なのかぁ?」
毎日一緒にサッカーをやっていたはずなのに誰も本当のところを…多少の疑問を抱きつつ
…追及していなかったとは、育ちの良さも度を越してはいまいか。
「ほら、編入の時の話ではさ…」
「ああ、名字が違うのは松山が育ての親の名を名乗っているからだって」
「おまえ、あんなの信じたのか? あれって三杉さんのお茶目なんだろ」
「けど先生は信じてるみたいだぞ」
「誕生日だって一緒だし…」
「一緒だっけ?」
もう完全に情報が錯綜している。そういうことはもっと早いうちに確認しておくものだ、
諸君。
「生まれてすぐに北海道と東京に別れて別々に育ったのが、サッカーで劇的な再会をしたっ
ていうんじゃなかったっけ?」
それではまるで「北の狼、南の虎」だ。おっと、すると三杉ではなくて日向小次郎になっ
てしまうか。
「いや、極秘情報では父上が別々の女性に生ませた、という説もある。だから双子ではなく
て異母兄弟だ」
やんごとないお方だからそういうこともあるかもしれないな。こらこら。
「血の繋がりはないんだろ。養子だ、って聞いたぞ。ほら、三杉さんに万一のことがあった
場合に…」
「いや、僕が聞いたのはもっと複雑だ。三杉さんの母上は体が弱くて子供が生めず、やむな
く代理母という手段をとったと言うんだ」
「それが松山の母親だったと…!?」
「ああ、そしていよいよという時になって代理母は腹の子は自分のだ、と主張した。当然も
める。裁判沙汰だ。ところが何の運命のいたずらか、生まれてみればそれが双子だった」
おおっ、とどよめきが起こる。
「じゃあ、その双子を一人ずつ引き取るということで和解が成立したというのか!」
「ううむ、それならもし籍が入っていなくても納得がいく」
「あまり納得しないでもらいたいね」
額を寄せ合うようにして話に熱中していた選手たちは、背後からの聞き慣れた声にはっと
緊張する。
「君たちの多岐に渡る知識と想像力に富んだ分析能力には感服するよ」
ジャージ姿の三杉淳と、その背後に立つ制服の松山光を廊下側のドアに見て、サッカー部
の面々は突然快活になった。
「や、やあ、三杉さん、今日は練習日和ですね!」
「さあ、張り切って行こう!」
口々に元気な声を(必要以上に)上げながら、彼らは足早にグラウンドへと去っていく。
「まったく…」
クリップボードを胸に抱えたまま、三杉はため息をついた。
「どうしたんだ?」
「あれだけ揃っていながら、僕たちが愛し合って一緒になったという説が全く出て来ないと
は。嘆かわしいものだ」
「え、何だって?」
松山は目にも止まらぬ素早さでユニフォームに着替えている。担任の説教のせいで練習時
間をロスするなど、彼には耐えられないことだった。
「けどさすがは名門だな。学校側も頭が柔らかいてーか」
「君の文才の勝利だよ、光」
三杉は輝くような微笑を松山に向けた。期末試験のほぼ全教科で答案に窮した挙句に裏面
びっしりの「小論文」を提出してしまった松山に、各教科担当教師は寛大にも高得点をつけ
てしまったのだ。互いに横の連絡のないままそれを合計した結果が期末成績ベスト10とな
り、あわてた担任の事情聴取となったのだが、弁護に同行した三杉の出番もないまま、いわ
ゆる「お咎めなし」になったのである。
「よし、できた。行こうぜ、淳!」
部員たちの間の大論争も三杉のそんな危ない思い入れも一切耳に入っていない松山の頭の
中は、そう、ひたすらサッカーで占められているのだ。ああ、愛しいやつ。
「で、さ。結局あの二人は何なんだ?」
「さあ…」
一足先にグラウンドに逃亡した武蔵高校サッカー部員たちの疑問がただ宙に浮くばかりで
あった。
【END】
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