アドバンテージ
      〜BITTERSWEET CRISIS 裏話〜







 東邦大付属病院の病棟。
 多摩の山奥のヘリ墜落現場から搬送されてきた患者の一人がこの病室にいた。
「ベッドを出ちゃいけません」
 冷静に、しかし威圧感さえ見せてその声は響く。
「でも…」
「起き上がるのもダメです」
「そんな」
 まだ体を動かしてもいないのに、先手を打たれてしまった岬は心の中で舌打ちをして
しぶしぶ身を沈める。そう、実はこっそりと起き上がろうとしていたところだったの
だ。
「今日は絶対安静。早く回復したいでしょう? だったら今日だけでも休んでいない
と」
 反町葉月は厳しい顔でそう言うと、確認するかのようにベッドの中の岬を見つめた。
「あのね、葉月さん、ボクはどこもケガしてないし、誰かみたいに発作も起こしてない
んだ。絶対安静なんて言われてないよ。検査を少ししておくって、それだけで」
「知ってます」
 きっぱりと葉月はうなづいた。自信ありげに。
「うちで倒れたでしょ、ゆうべ。自分でもわかってるはずよ、岬さん」
「何、を…?」
 さすがの岬もこのペースには押され始める。
「あなたの病気は『オーバーワーク』。しかも慢性。自分を削って削ってまた倒れるま
で突っ走るんだわ。誰かが無理やりにでも止めない限りね」
 これが無理やりの実践か。彼女も自覚はあるようだ。
 岬は上掛けをどかそうとしていた手をそこで止めた。自分を見下ろしている目に、何
かどこかで見たものを感じる。
「だから、少し眠りましょう。ね? 夕食の時間まで、少しでも」
「…でも、眠くないし」
 岬の抵抗はさらに弱くなる。ダメとわかって一応反論してみたという感じだ。
「眠らなくても、目を閉じてるだけでも体は休まります。ベッドでおとなしくしてれば
それでいいんです」
「それが嫌なんだけど」
 岬の声はほとんど口の中でフェイドアウトしてしまった。葉月がここでにっこりと笑
顔を見せたのだ。
「ゆうべ、岬さんと兄さんがどこで何をしていたのか、私は黙ってるつもりだけど。岬
さんが絶対安静を守ってくれないと気が変わるかもしれませんよ」
「は……、えっ?」
 脅迫なのか? これは?
 何をしていたかなど、彼女にわかるはずはない。絶対ない。岬は心の中でそう思った
がなぜか自信満々にそう脅してくれるこの少女は、やはり只者ではない空気をいっぱい
に放っていた。
「……似たもの兄妹、なんだね。君と反町って」
「あら」
 葉月は目を丸くした。
「あなたに言われると嬉しくないんだけど、岬さん。自分のほうがそっくりだわ、兄さ
んに。顔のことだけじゃなく、いろいろと」
 いろいろと、ともう一度繰り返して、葉月は意味ありげにまた微笑んだ。







 そして数日後。
 某所で反町と落ち合った岬は、話の最後に念のために聞いてみた。
「君が口が固いのは知ってるつもりだけど、家族だけはまさか例外だとか言わないよ
ね」
「え…」
 反町は顔を上げてぽかんとする。そしてゆっくりと表情が変わった。そしてもう一度
改めて声を上げる。
「…え、えええっ?」
「完全に読まれてるね、君も。…それにボクも」
 二段階に分けて驚くという器用な真似をする共犯者に岬はため息で応じた。そしてそ
のまま姿を消す。いつものように、挨拶もなく。
 ただいつもと違っていたのは、彼らしくもない疲労感が肩のあたりに見えたことだ。
「――う、嘘だろ? あいつ、自覚ないのか?」
 呆然と一人そこに立ち尽くしていた反町はがばっと頭を抱えた。
「自分が言ったことの意味、わかってない…」
 妹と岬との間でどういうやりとりがあったのかは反町には十分すぎるほど想像でき
た。そう、もう長年に渡って妹に振り回されている我が身を振り返って。
「葉月に弱味を握られるってのがどういうことなのかわかってたら、あんなに澄まして
られるもんか」
 断言する。
「自覚もなしに俺に宣戦布告とはね…。だったら今のうちに邪魔してやるぞ! おまえ
がライバルだなんて不毛すぎるって!」
 惚れた弱味。
 こればっかりは最強の天才少年も手立てがないのだ。反町は逆切れ気味にニヤリとす
る。
「その点では岬から一つアドバンテージを取ったことになるけどね」
 と言いつつ、反町はあまり――いや全然嬉しそうではなかったのだけれど。



【 end 】








 あとがき
RYOさまの22700 hitのリクエスト作品です。
岬×葉月で、四つ子シリーズの「BITTERSWEET CRISIS」の 番外編と言うか、あのラストシーン直後の裏話になりま す。
この時にはまだ明らかではなかった反町と葉月ちゃんの微 妙な事情も踏まえてあります。
岬くんは本編での超人的な部分とは別の顔を見せておりま す。さてこの後の彼らはどうなっていくのやら…。