さらに文句を言いたそうな顔をした岬をドアの向こうに閉め出して、若林はそのドアに ぺたりと背中をつける。
「おい?」
 そうやって部屋の中に向き直った若林はその光景に深いため息をついた。
「何やってんだ、おまえは!」
「で、三杉は見つかってねえの?」
 若林に怒鳴りつけられてもどこ吹く風というのんきな笑顔で尋ね返したのは松山だっ た。ベッドの上で素っ裸であぐらをかき、その手には缶ビールが今まさに開けられようと している。
「……」
 そのベッドの脇の床の上には練習用のウェアだのストッキングだのがくしゃくしゃに投 げ捨てられて散らばっていた。
「もう少しで岬に見つかるとこだったぞ。誤解されたらどうする気だ!」
「どんな誤解だ?」
 松山は缶ビールをうまそうに一口流し込んでからニカッと笑った。濡れたままの髪をぷ るっと一振りしてまたビールを口に持って行く。そこにつかつかと近づいてきた若林がそ の寸前に缶を松山の手から奪い取った。
「勝手に持ち出すな、人のビールを」
「いいだろ〜? おまえがドイツから直輸入したビール、いつも楽しみにしてんだから さ」
「楽しみに持ち帰ってるのは俺が飲むためだ!」
 思わず力説してから若林はがくんと肩を落とす。論点がズレてしまったのだ。
「そうじゃなく! いきなり人の部屋に押し掛けてシャワーまで使って、しかもその素っ 裸はなんだって言ってるんだ!」
「俺、裸族だからな。風呂上りは裸でビール。これが一番なんだって」
「知るか!」
 動揺を隠せない若林の手から飲みさしの缶ビールをちゃっかり奪い返して松山はまたに っこりと若林を見上げた。若林は思わずうつむいて眉間のしわをぎゅっとつかむ。
「松山…」
「ん?」
「――俺の理性を買いかぶるなよ?」
 再び顔を上げてぎらりと睨みつける若林に、松山は目を丸くした。
「何? …うわ」
 何も言わず自分をベッドに勢いよく押し倒した若林の顔を真上に見て、松山はケタケタ と笑い声を上げる。その手に握っていたカラの缶が床に落ちて軽い音を立てながら転がっ た。
「笑ってる場合か、このヨッパライ」
 さらに顔を近づける若林の手には松山の服があった。
「いいからさっさと何か着ろ!」
「わ〜、若林やめろぉ〜」
 押さえつけられたまま手足をばたつかせる松山に無理やりパンツをはかせようと格闘に なる。
「若林さん、失礼しまーす」
「――えっ!?」
 ノックと同時に開いたドアのノブを握ったまま、そこに森崎がいた。部屋の中を見るな りぴたりと足が止まっている。
「も、森崎…あのな、これは、違うんだ…」
「ほんとに失礼しちゃいましたね、すみません。ジムのメニュー持ってきただけなんで、 ここに置いときますね」
 あわてる若林とは対照的に、森崎はごく落ち着いた様子でドアをまた閉めようとしてい た。
「いやっ、失礼とか、そういうんじゃないから!」
「大丈夫です、若林さん。若島津には黙っときますよ」
 そのままパタンと閉まったドアに顔を向けたまま若林は呆然としている。
「なんで若島津に…? はっ、まさか松山、おまえとあいつが…」
「チガウチガウ…」
 若林にしっかりとしがみついた格好で松山はその肩にコテンと頭を乗せた。暴れすぎて 酔いが回ったらしい。
「レギュラー争いにいい材料を与えないように、だろ?」
 その通り、若島津の得意な決まり手は「揚げ足取り」であった。