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試合が終わった後のロッカールームでのことだった。
シャワーを浴びたり着替えたりして、めいめいに帰りの準備に余念がない。 「みんな、聞いてくれ!」 そんな時、いきなり大きな声がした。 みんな手を止めてそちらに顔を向ける。叫んだのは立花兄弟だった。 「俺たち、ずっとみんなに隠してたことがある。俺たち双子だって言ってたけど、実は、 違うんだ」 「え?」 「実は、双子じゃなく、六つ子でさ。これを見てくれ」 2人が取り出した写真を見ると、確かに同じ顔が6つ並んでいる。 「俺たち、ローテ組んで時々入れ替わってたんだ。怪我した時とか、学校の追試にぶつか った時とか」 「すごい、全然気づかなかったよ。で、今日は?」 「…今日は、和夫と明夫だ。政夫は家にいる。残りの夏夫と、晴夫と、靖夫と一緒に」 おおー、という声が上がる。 「でもそいつはもったいなくないか。6人とも区別がつかないくらいサッカーも代表級の 力を持ってて」 「いや、それはいいんだ」 立花兄弟6分の2は笑った。 「俺たち、サッカーと同じくらいスキー競技やってるから。アルペンとノルディックに分 かれて」 「なるほどー、やるなあ。スポーツ一家か」 「あのう、すみません、皆さん」 今度はタケシがおずおずと手を挙げた。 「名前のことで思い出したんですけど、僕、本名はタケシじゃないんです。漢字で書くと 『健』なので…。それで若島津さんに遠慮して片仮名にしてたんです。黙っててすみませ んでした」 「そうか、沢田健、だったんだな。先輩思いだなあ、おまえ。偉いぞ」 「いえ、そんな」 うつむいて顔を赤くしているタケシの背後で、次籐がちょっと考え込んだ顔で立ち上が った。 「みんな、すまない。僕はずっとタイタイと妙な九州弁を使ってきたけれど、あれはわざ とだったんだ。普段は共通語で話しているんだよ。佐野は知っていて黙っていてくれたけ どね。何か外見とギャップがありすぎてこういう話し方だと逆に気味が悪いなんて言われ てしまって。本当は東京生まれで長崎に引っ越したから、ちゃんとした九州弁なんて知ら ないんだよね。いつも適当な九州弁を聞かせちゃって、ごめん」 「う、うわ〜、そいつは確かに…もごもご。けど、無理はよくないから、話し方なんて好 きにしていいと思うなあ」 「な、次籐さん。みな懐ん深かと。それぞれのしゃべりのあっとやもん。しゃべりたかも んは遠慮のうしゃべらんね」 「うわ、今度は佐野がネイティブになってる〜」 「それが、おまえの秘密だったわけ?」 「いや、違う」 佐野は他のメンバーにはちゃんと共通語を使う。こちらに向き直ると、佐野は口元を少 し緩めた。そして自分の前髪に触れる。 「俺さ、ここにアジナーチャクラがあるの。あまり見せるのもどうかと思っていつもは隠 してるんだけど。ヒンズーのシヴァの目とか第三の目とか言う、あれね」 開いて見せた額に全員の目が集まる。確かに、佐野の長い前髪はたいてい目さえ隠して いて、額など見たことはない。 「わっ、目だ!」 眉間の少し上、縦に閉じている目がそこにあった。 「それ、いつも閉じてるの?」 「まあ、たいていはね。必要な時には開くよ。あんまりやらないほうがいいんだけど」 佐野は何でもないようにまた前髪を下ろした。そして小さく笑いをもらす。怖い。 「この際やし、俺も話しとくけど…」 |
今度は早田が口を開いた。
「俺、宇宙人やねん。ジイさんバアさんがいわゆる入植者で、俺は三世。地球で生まれた し故郷の星のことはなんも知らんけどな。けど、体は…」 早田はまだ上半身裸のままだったが、首の後ろ側に手を回すと背中を何かもぞもぞと触 っている。 「地球人と同じってわけにいかんし、これ、着ぐるみなんや。ここにファスナーがあって …」 とても精巧にできているのか、さっきまでまったく気づかなかったそこにファスナー状 のものがあって、早田はそれを少し下ろしてみせてすぐに戻す。 「…っちゅうわけや。大丈夫、サッカーには支障あらへん」 「う、うわ〜」 「なんか色々、ずるずる動いてた、なんか…!」 「よ、よく見えなかったけど、なんかが〜!!」 近くにいた者たちが騒いでいたが、あまりにも一瞬だったからか、実際にちゃんと中身 が見えた者はいなかったようだ。ただ、すぐ隣にいた三杉がふらりと足元をふらつかせ た。顔がいくらか青くなって口元を押さえている。 「あ? 大丈夫か、三杉」 その早田が心配そうに振り返った。三杉はベンチにそっと腰を下ろして息をつく。 「いや、ごめん、大丈夫。君のせいじゃないよ。バッテリー切れだと思う」 「バ、バッテリー?」 こちら側で驚きの声が上がる。三杉はちょっと困ったように微笑んで、座ったそのまま で自分の喉元を指で押さえる。 「何年か前、僕が受けた手術は心臓の手術じゃなかったんだ。もう体じゅう使い物になら なくなってて、思い切って全部創ってもらった。人工心臓、人工血管、人工骨格、人工皮 膚ってね。元のままなのはここから上だけさ」 「それって、人造人間ってこと?」 「そうなるかな。バッテリーは通常は自分で自動発電できるんだけれど、試合中は充電分 だけで動くように切り替えているんだ。動きが重くなるから。それを元に戻し忘れていた んだよ。失礼」 三杉は喉の下、肩甲骨の間あたりに指を触れて「カチ」と何かのスイッチを入れた。見 る見る顔色が良くなる。 「今の日本でそんな技術があったとは。さすが金持ちは違うな」 金持ち、という言葉でなんとなく皆の視線が別の一人に移った。シャワーを浴びたま ま、まだタオル1枚の姿の若林が、えっ、というふうに振り返る。 「俺は何も秘密はないぞ。まあ、あるとしたら実家かな」 その言葉に、南葛市在住の面々が遠い目をした。 「俺が生まれてすぐくらいに親父がイギリスのトレイシー家から譲り受けた設備がうちの 敷地内にあるんだ」 「サンダーバード、のね」 滝がぽつりと言った。若林はそれは聞こえないふりをする。 「親父と兄貴たちが国際救助隊パート2なんて言って、それを使って遊んでるが、俺は一 度も付き合ったことはないからな。一回だけ3号に乗って宇宙まで行った事があるだけ で」 「南葛の七不思議に入ってるんだよね。若林さんちのプールが時々半分に割れて中から大 きな飛行物体が飛んでくのが目撃されるから」 「それ、もう全然不思議になってないじゃん。公然の秘密ってやつ? あ、俺ね…」 こちらで勝手に滝に確認を取っている反町が、今度は自分のことを話そうとしているら しいのに気づいて、岬があわてて駆け寄って来た。 「ダメ、反町、言っちゃダメだからね!」 「えー、いいじゃん」 後ろからはがいじめにしようとしている岬を押しのけつつ(じゃれているようにしか見 えないが)、反町はへらへらと笑った。 「俺さ、未来から来たんだー。22世紀からタイムマシンで。でね、岬の子孫なわけ。俺 のじいちゃんのじいちゃんが岬になるんだ」 「あー、もう」 岬はがっくりと反町にもたれてしまう。 「へえ、ずいぶん似てると思ったらそういうわけか」 驚くどころか納得されてしまっている。 「いやね、子孫としては今のうちに岬をなんとかしておかないと、未来の俺がえらい迷惑 なわけでさ。ちょいと監視役にやって来てたってことなんだ」 「ドラえもんかよ。でも岬はのび太みたいなどうしようもない奴じゃないよな」 「その逆」 反町は手をひらひら振った。 「こいつさ、そのうち研究の道に進んで、ノーベル賞とりまくりになるわけよ。その研究 ってのがまあ、今は言えないけど、人類と地球の未来を動かす一大革命になりかねない物 でさ。ちょっとやり過ぎないようにクギを指しに来たの、俺」 「う、うわ。なんだよ、その研究って。岬、コワイんですけど」 「今はサッカーしかやってないんだから、余計なこと言わないでってば、もう」 岬はこちらでふくれている。 「なるほど、少しでもサッカーに引き止めるためにおまえもサッカー始めたのか」 「そういうこと。わざわざライバルチームに入るなんて芸までしてさ」 反町はにやりと笑うと井沢を指でつついた。 |
「で、そういうおまえは? 何か隠してたよな、昔から」
「ああ、俺か。俺は死神」 「ええっ!」 これはさすがにどよめきが起きる。 「俺たちの中の誰かを、迎えに来たのかっ???」 「あのな、俺がいつから一緒にいると思う。迎えに来ておいてここまでグズグズしてたら とっくにクビになってるさ」 井沢はため息をついた。 「寿命が近づいた人間をきちんとあの世に送るのが死神の仕事だが、逆に、寿命でもない のに死に急ぐヤツがいたらそれを決まった寿命まで引き止めるのも役目のうちなんだ」 「え〜、死に急ぐって、それもコワイ話だよな。誰?」 「悪いが、おまえら全員」 井沢はけろりと告白する。 「まったく、無茶苦茶なヤツばかりなんだからな。普通にサッカーやってるならいいが、 飛ぶわ転がるわものを壊しまくるわ、自分も周りも全然見えてないんだから呆れる。俺が 裏でこっそり手を回して命だけは失くさないようにしてるからこれで済んでるんだ。少し は反省してもらいたいな」 「うわー、そうだったのか、道理で」 何やら井沢を拝んでいる姿もちらほらと。 しかし、一人目を丸くして何か反論したげな者もいた。松山である。 「でも井沢、死んでるヤツ、いるんだけど、ここに」 「なに〜っ!」 またもどよめきが。 しかし井沢は落ち着いていた。松山が指差している相手をじっと見る。 「あの交通事故か。あれは俺の管轄外だ。なにしろ、あの時点で若島津は既に死んでたん だから」 ええ〜っ、という声とともに人垣が割れて、そこにいつものようにどよ〜んと若島津が 立っていた。松山がその隣でなぜか胸を張る。 「つまり、こいつは幽霊なんだよ、最初から」 「そ、そうなのかっ、若島津!」 当然ながら日向が誰よりも動揺している。若島津はそちらをちらりと見てまたどよ〜ん と口を開いた。 「らしいですね」 「おい、らしいとは何だ、自分のことだろうが!」 怒鳴られても、若島津はいつもと同じだった。 「よく覚えてないんです。かれこれ1000年くらいこのままだから。昔自分が何をやっ てたのか、なぜ死んだのかもぼや〜っとして思い出せなくて」 どうやら本人が一番わかっていないらしい。井沢が呆れつつ解説する。 「幽霊ってのはそんなもんなんだ。何かの未練があってこの世に残っているはずなのに、 記憶というものはほとんどない」 「なら、それをあの世に送るのが死神なんじゃないのか?」 「普通はな。けど、こいつの場合、ちょっと無理なんだよ」 井沢はまたため息をついた。ここで松山が口をはさむ。 「あのな、こいつ、俺に取り憑いてんの。だから現世から離れられねえのさ」 「は?」 「なんかよくわかんないまま何百年もそこらを漂ってたくせに、いきなり俺を見つけたっ て言ってやって来たんだ。で、勝手に取り憑いて、サッカーやろう、サッカーやろうって 言うから付き合ってやってんだよ」 「1000年前からサッカー? しかも、なんで松山なんだ?」 日向にそう言われてしきりに考え込んでいるがやはり思い出せないらしい。 「生きていた頃、どうも烏帽子を被ってたのはぼんやり覚えてるんです。だから平安時代 かな、って思うんですけど、俺が必死になってたものってのが何か、丸くて白と黒で、こ う、四角い場所で陣地を攻めたり守ったりするイメージなんですよね。これって、どう考 えてもサッカーじゃないかな、と」 「…おまえ、それ、絶対どこかで間違ってるぞ」 日向が正しい。きっと。 「ヒカル違いなんじゃないのか、まさかと思うけど」 こちらでもひそひそと囁く声がしていた。 「取り憑いてるくせに別々の場所にいて変じゃないのか? それに空手は?」 「ああ、ずっと以前にふらふら住みついたのが空手道場だったんです。あれも白と黒だっ たんで、なんとなく。でも、そのうちサッカーかなあ、と迷い出して、そのうちヒカルと 巡り会ってやっぱりサッカーだって確信したんです」 「出たぞ、ヒカルだって」 「しかもやっぱり人違いしてるし」 幽霊と言っているわりにあまりに間抜けなので、聞いているほうも怖さが薄れてしまっ たようだ。 |
「呆れたな、おまえは。それで言ったら、俺なんかずっとましだな」
日向がつぶやいたので、周りから突っ込みが入った。 「えっ、日向もか? まさか、実は大富豪でした、なんてのじゃないよな」 「それに近い」 日向は頭をかいた。 「でした、じゃなくて、急に金持ちになっちまったんだ。今年になってから。印税が勝手 にどんどん入ってきて、止まらねえんだ」 「い、印税?」 「CDの印税。歌の分と、作詞・作曲も俺になってるから、売れた分のかなりの割合で入 ってくるらしい、よくわかんねえけどよ」 「日向が歌っ?」 なぜそこまで驚くかはあえて伏せるとして。 「盆休みに実家に帰った時、家族でメシ食いながらちょっと酒が入って色々歌ってた…ら しい。その一部始終を録音してた母ちゃんが面白がって知り合いに聴かせたのがつてから つてで広告代理店の誰かまで届いちまって、それがどう受けたのかCMに使われることに なったんだよな。…で、俺も知らないうちにCDになって、それがバカに売れてるんだ」 「はあ?」 日向自身は関知してないらしい。が、その話に思い当たった者もいた。 「まさか、あのCMの? なんかすごい問い合わせが殺到して急遽リリースされたんだっ たよな」 「『タイガー』って匿名で出してるやつだろ。正体がわからないままだから余計に話題に なって、1ヶ月でミリオン突破したって」 「あれが日向の歌だったのかぁ? すごいアレンジされてて、全然わからなかったぜ」 「そうなんだ。それに俺もデタラメ歌っただけだからもう二度と歌えねえし」 世の中、そんなもんだ。 しかし、告白は続いた。サッカーだけでも騒々しい連中が、それ以外にもこれだけ秘密 を持っているとなるともう騒がしいではすまなくなる。 残った南葛の連中が一気にまくし立て始めた。 「昔、人魚だったんだが、オババに薬をもらって人間の足に変えたんだ、どうしてもサッ カーがしたくて…」 「実は俺、超能力者なんだ。そ、それと、奥さんと子供2人がいて…」 「俺、平将門の生まれ変わり。時々妙に誰かを呪いたくなってさ…」 「これ、坊主頭のヅラなんだ。ほんとは髪伸ばしてついでに金髪にしてんだぜ」 「実は〜、M78星雲から…」 「ほんとは魔法少女なの。魔法の世界からやってきて、サッカー選手に変身して困ってる 人を助けるためにがんばってて…」 「なら女子サッカーに行け!」 などとめいめい騒いでいるうちに身支度も終わり、移動のバスに向かう。 「あれっ?」 ドアを最後に閉めた岬が、廊下で一人ぽつんと立っている翼を見つけた。そう言えば、 ロッカールームで翼だけはまったく口を開かず、ただぽかんとした顔でメンバーたちの話 を聞いていたのだった。 「どうかしたの、翼くん」 「俺…」 うつむいていた翼は上目遣いで岬を見た。 「みんなすごいんだもん、びっくりしてさ」 「ああ、無理ないよ。でもサッカーやってる分には関係ないし」 岬の笑顔に少し表情を緩めたものの、翼はやはりしょんぼりしている。 「俺だけ普通の人間で、みんなに悪いなって、思ったんだ」 「……」 岬はぴくっと動きを止めた。笑顔も笑顔のままで止まる。 が、そこはさすがの岬。 「翼くん、気にしなくていいよ。君が普通の人間でよかったって、きっと全員が思ってる から」 「そう? ほんとに?」 たぶん他の誰にも言えなかったセリフだろう。その岬の言葉に、翼はようやく笑顔にな った。 「うん、わかった。じゃ、俺、普通の人間として力いっぱいがんばるよ!」 ガッツポーズを返して、翼は出口に向かってダッシュした。 「…ほどほどにね、翼くん」 とりあえず今は普通の人間である岬は、ため息まじりにそうつぶやくと翼を追って駆け て行ったのだった。 |