公園デート・岬&三杉

〜しかえししりとり編〜





――日本も久しぶりだから。
そう翼くんが嬉しそうに言ったから。
「なのに、なんでこんなことになるんだ…」
 青い青い空を空しく見上げながら岬はまたため息をついた。 ――桜も見たいな。
――無理だよ、もうとっくに葉桜だよ。
 がっかりした翼くんに、代わりに新緑の日本を満喫してもら おうと思ったのに。
 5月の、とある都営公園。広大な敷地には各種スポーツ施設 が点在して、そのすべてを鮮やかな新緑が包んでいる。空も晴 れて申し分のない休日になるはずだった。
「君も座れば、岬くん?」
 声がかかって、青空から視線を戻す。しぶしぶと。
 そこには、岬に負けず不機嫌そうな顔の三杉がいた。ベンチ に座って、所在なげに携帯を開いている。
――用事が長引いちゃって、すぐには行けそうにないんだ。ご めんね。
 翼からさっき届いたメールを何度も読み返す。せめてこの現 実を忘れられるかもしれない、と空しい望みを抱きながら。
 同じメールは岬の携帯にも届いていた。
――お昼は俺いらなくなったから、二人で先に食べちゃって。 ごめんね。
 朝イチでサッカー協会へ手続きに行くのだと、前夜翼は話し ていた。だから、公園で待ち合わせて一緒にお昼を食べよう、 と。
「先に食べてて、って言われても…」
 しぶしぶ腰を下ろしつつ、岬はちらっと隣に目をやった。
「どうする?」
「ああ」
 小さくため息をついて携帯を閉じ、三杉は同じくちらりと視 線を向けた。
「しかたないね。翼くんがそう言うんだから」
 二人はそれぞれ自分が用意してきたものを広げた。岬はサン ドイッチ、三杉はポットに入れた熱い紅茶である。どちらも翼 のリクエストだった。
――君のために持って来たんじゃないのに…。
 同じことを胸のうちでつぶやいているに違いない、と想像し つつ、二人は準備を始める。
「はい。熱いから気をつけて」
「うん、ありがと」
 耐熱カップに注いだ紅茶を渡されて、岬はもごもごと礼を言 う。目を上げると三杉と視線が合ってしまった。
「君から、どうぞ」
「いや、君こそ」
 ぎくしゃくと交わす言葉に自己嫌悪になりつつ、ようやく食 事が始まった。
「おいしいね。手作り?」
 三杉が、こちらも顔を上げずに聞いた。
「うん。今ホテルだから、材料は適当だけど」
 それでも、翼に食べさせようと、近くのコンビニを探して用 意できる範囲で作ったのだ。従って、少々妙な取り合わせのも のも混じってしまっている。
「焼き鳥とキムチのサンドイッチか。初めて食べたよ」
「これはおでんの玉子とはんぺんのサンドで、こっちがティラ ミスのサンド」
 岬は投げやりに説明する。思わず手を止めてしげしげとサン ドイッチの山を見つめ直してしまった三杉だった。
「…全部味見してみたいな。二度と食べられないだろうから」 「好きなだけ、どうぞ」
 岬が今食べているのは、フライドポテトをはさんだサンドイ ッチだった。
「全部、翼くんの好物なんだ」
 サンドイッチの具としてではないだろうが。おそらく。
 しかし、二人は黙々と食べ、黙々と食事を終えた。
「ごちそうさま」
「…ごちそうさま」
 食べたものの後片付けを済ませてしまうと、また間が持たな くなった。ベンチに並んで掛けたそのまま、公園の風景に目を やったり、首の運動をしてみたり。
 平日の公園はさほど人は多くない。二人のようにベンチでく つろいでいる人、犬を連れてゆっくりと散歩している人、駆け 回る幼児に立ち話の若奥さんたち。
 近くの木立の間にはゲートボールを楽しんでいるシニアのグ ループも見えるし、ラジカセの音楽を響かせながらスケボーを 楽しむ兄さんたちの賑やかな声も聞こえる。
「連絡、来ないね」
「そうだね」
 用事が済むのはいつなのか、ここに着くのは何時ごろなの か、それさえわからないまま、ただ、待つしかなさそうだっ た。
「何か、する?」
「ランニングとか?」
 ボールも何もないとなるとできるのは走ることくらいだろ う。
「いいよ、もう合宿で飽きるほど走ったし」
「同感だ」
 また沈黙。
「じゃあ…」
 ぼんやりと空白を置いてから、いきなり三杉が口を開いた。 「しりとりでも」
「……しかたないか」
 なんでそんなものを、と思いつつも、一緒にいる空気の重さ も耐えがたい。
「じゃあ、しりとりの『し』から」
 ベンチに腰を下ろしたまま、そして互いにあらぬ方向を見な がら、である。
「…しかえし」
 三杉の答えに、岬はぴくっとする。しかし、すぐに続けた。 「獅子!」
「しるし」
 三杉も素知らぬ様子で淡々と続ける。
「新聞紙」
「白星」
「主旨」
「消防士」
「しゃくし!」
 のんびりしたペースながら、なぜかバトルになってきている のはなぜだろう。
「色紙」
「しょうゆ差し」
「終始」
「車上荒らし」
「週刊誌」
「しゃくとり虫」
「敷石」
「四十七士」
 岬はそう言ってからそっと隣をうかがった。三杉が動いたの だ。脇に置いてあったポットを取り上げ、残った紅茶をカップ に注ぐ。
「…忍び足」
(君もいるかい?)
「紳士」
(ちょうだい)
「出資」
 しりとりを続けながら、なんとも器用にアイコンタクトだけ で会話を交わす。
「新橋」
「心斎橋」
「将棋倒し」
「試合開始」
「しらみつぶし」
「親善大使」
「仕出し」
「深夜割増し」
「司法書士」
 そよそよと吹く5月の風。二人の髪を静かに揺らせて吹き過 ぎるが、その爽やかな風もこのどんよりと重い緊迫感だけは動 かせないようだった。
「食指」
「精霊流し」
「小公子」
「鍼灸師」
 しかし、二人以外の周囲では、少しずつだが空気が変化して きていた。
「小冊子」
――あれっ?
――もしかして…。
「収入印紙」
「ししおどし」
――サッカーの?
――まさか、こんなとこに。
「焼死」
「新弟子」
(なんか、人が見てない?)
(ああ、ばれてしまったかな)
「歯科医師」
――でも、そうじゃない?
――絶対そうだよね!
「支援物資」
「しらす干し」
「小休止」
(あーあ、写真撮り始めちゃった…)
(どうする?)
「社会福祉」
(どうしようもないよ。無視無視)
「終助詞」
「指示代名詞」
「集合名詞」
「聖徳太子」
「試験紙」
(そうだね。翼くんが来るまでの辛抱だ)
(そういうこと)
「姉妹都市」
「忍び返し」
(何、それ)(城の、忍者が忍び込まないようにした仕掛け) (ああ…じゃ)
「証城寺の狸ばやし」
(あったね、そう言えば)
 なんだか二人だけの世界に入ってきたようだ。
「信号無視」
「所得隠し」
「白拍子」
「新幹線運転士」
「仕事師」
(カルツじゃない、それ)
(ははは、そうだね)
「衆人環視」
「進入禁止」
――声、かけてみねえ?
――えー、でも人違いだったら…。
――大丈夫だって!
 最初はぽつりぽつりと足を止めていたギャラリーは次第に人 垣になり始めていた。携帯を取り出してこそこそと写真を撮る 者が引きも切らない。
「ショック死!」
「心肺停止!」
「失血死!」
――ひえー!
 なんだかこちらの勢いだけで逃げ腰になっているようだ。勇 気ある何人かがそーっと近寄りかけては、またためらって離れ ていく。謎の攻防戦か。
「親切ごかし」
「しっぺ返し」
(ほら、遠慮してくれてる)
(遠慮って言えるかい、あれが)
「七味唐辛子」
「守護天使」
「昭和史」
「心理学博士」
「歯間ブラシ」
「シリコン樹脂」
(それより、いつまで続ける気、これ?)
(君がギブアップするまで)
(するもんか、君こそギブアップしたら?)
「死人に口無し」
「獅子身中の虫」
(もー。だったら…)
「静岡市」
(なるほど)
「シドニー市」
 こちらの攻防もなかなか先が見えないようだ。
「しろくにじゅうし」
「しちにじゅうし」
「少年老い易く学成り難し」
「心頭滅却火もまた涼し」
――ああ、やってるやってる。
 と、ギャラリーとは離れた所で、そんな二人の様子を窺って いる人影が。
――仲よさそう〜。やっぱりあの二人、ほんとは仲良しなん だ。
――本当だな。ツバサの言った通りだ。
 おや、こちらも二人連れか。
――ねっ、あんなに楽しそうに。
 にこっとうなづいた翼はまた生垣の間に顔を突っ込み、覗き に戻る。
――でも何の話、してるのかなー。
「城山正」
(あっ、それ…!)
(早い者勝ちさ)
 これは岬が答えるべきだった。なにしろ自分のいたチームの 監督なのだから。
(じゃあ、こっちだ)
「島野正」
(ああ、彼もタダシだったね)
「社会科教師」
「少年保護司」
「島流し」
「市中引き回し」
「シンデレラのお話」
「白雪姫のお話」
(いいのかい、それ)
(君が先に言ったんだろ!)
 確かに最初はそっぽを向いて目を合わそうとしなかった二人 だったが、今やしっかりと顔を見合わせて白熱した会話に入り 込んでいる。
――わざと遅れてきて、正解だったな。
――じゃあ、そろそろ行くかい、ツバサ。私はここで帰るか ら。
――あ、監督、ありがとうございました。送ってきてくださっ て。
――なになに。合宿では見られなかったあの二人の意外な姿が 見られて収穫だったよ。大会本番に、また新しいオプションを 加えられそうだ。…じゃ、明後日、ナリタで。
――はい、さよなら、監督!
 公園の入り口に待ってもらっている車へと、ジーコは去って 行った。
 それを見送る間もなく、翼は駆け出していく。
 まだ去りがたく、しかし近寄ることも話しかけることもでき ずにベンチの前にいた人々が、突然現われた大空翼に気づいて どよめいた。
「岬くーん、三杉くーん!」
 ベンチの二人もはっと振り返ってその姿に目を見開く。
「お待たせ。楽しかった?」
 飛び込むようにして二人に抱きついた翼だった。
「楽しかったって、何が? すごく退屈だったんだからね」
「そうだよ、待ちくたびれたよ、翼くん」
「ふふふ」
 思った通りの反応に、翼はまた笑う。
 たまには、二人きりにしてあげないと。それが翼の結論だっ たらしい。
「…あれっ?」
 しかし、翼の登場で結界が消えてしまったため、ギャラリー は呪文が解けたように一気にテンションを上げてしまった。
 日本代表のスター選手を取り囲んで写真だサインだと盛り上 がる。
 そんなわけで。
 しりとりの決着はそこでついてしまった。
 最後の答えは――仕切り直し。

【おわり】





◆◆2006W杯特別企画◆◆
「冗談予告メーカー」風に言うと
――ワールドカップ直前のある日、都内の公園で岬と三杉 がぐだぐだデート。
 と、いう感じでしょうか。
 いつもの岬×三杉カップルではなく、普通の設定。
 年齢はワープして、今回のワールドカップの代表にいる ようです、この3人。
 「しかえししりとり」は、一部しりとりファンの間で昔 から実在するものです。もちろん「し」以外のどんな字で もできますから、ぜひお試しください。


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