おや、こんなところに虎が。





 「カタン」とドアの向こうで小さい音がした。


 空き部屋のはずなのに、と思いながらドアを押してみる。
「おやまあ」
 カバーが掛かったままのベッドの上に、丸まるようにして眠っていたのは虎だった。
 いつも平気でバサバサにしている髪が顔半分にかかってよく見えないが、規則正しく上下する胸を見れば熟 睡しているのがわかる。


 少し近づいてその顔を覗き込んでみた。
 眠っている時まで眉を寄せて。
 なんか、必死?
 それとも夢の中でまで走ってる?
 どんな景色を見ているにしても、それはきっと俺も知っている世界だ。
走って、走って、走って。
 そうやって走っていく先を俺もきっと知ってる。
 それでいて。
 きっとその目は俺の知らないものを見ているんだ。
 俺の行きつけない場所を目指して、そして。
走って、走って、走って。


 ねえ、せめて眠る時くらい楽をしたら?
 目指す先が簡単に行き着けない場所だとしても。
 息が切れて、足は痛くなって、そうやっていつまでも走っていくとしても。

 
 「カタン」とまた小さい音がして、さっきドア越しに聞いたのが何の音だか知る。
 開いたままの窓辺で、カーテンが風に揺れている。
 出窓に置いてある空の花瓶にカーテンが触れていたんだ。
 俺は手を伸ばしてカーテンをとめ直す。
 こんな音で起きるとも思わないけど、眠りが少しでも邪魔されないように。
 走り続けるその途を、誰も邪魔しないように。



 部屋を出る時に振り返ったら、虎はしっぽの先を「ぱたん」と小さく動かしていた。



                                                      ・ end ・




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