次の日クラブに顔を出すと、騒ぎはここまで波及していた。
僕も頭痛を増幅させて家に帰った。
三杉くんは勝手にソファーをベランダの窓際まで引っ張ってって、その陽だまりの中
で気持ちよさそうにまどろんでいた。
そう、長年住み着いた猫のようにゆったりと。
「君は猫を飼いたいと思ったこと、ない?」
その僕の心を見透かしたように、三杉くんはいきなり言ったんだ。髪の先に太陽の飛
沫を弾きながら、その逆光の中で。
「ないよ。ずっと引越しばかりで来たからね」
「そうか。うちもなんだ。猫もどんな動物も飼ったことはないよ。アレルギーとか、そうい
うの言われて」
買ってきたパンをスライスしている僕の背中を、三杉くんはじっと見つめている。僕は
居心地の悪さに、じりじりし始める。
ケトルを火にかけて、僕はわざと大きくぐるっと振り向いた。視線が音を立ててぶつか
った。
「今日、クラブに連絡が来てたよ。君はとっくに指名手配されてるんだ。こんな所にまで
だよ。もちろん君の名前は表には出てないけど、日本代表の遠征スケジュールが変更
になったってね。日本(むこう)でどれくらいあわててるのか、想像つくよ」
「そう」
三杉くんは興味なさそうにそれだけ言った。動揺するなら見えるようにやってほしい
もんだけど。
「僕は君の味方にはなってあげられないんだからね」
「わかってる。味方になってもらおうとは思っていないよ。君には、共犯者になってほし
いんだ」
自分のことを、三杉くんはいつも他人事のように淡々と突き放している。腹立たしい
ほどに。
「わかってんの? 僕は君が嫌いなんだよ。大嫌いなんだから」
「知ってるよ、もちろん」
小さくあくびをして、三杉くんはまたことりと頭を落とした。僕の、お気に入りのクッショ
ンの上に。
「嬉しそうだね、三杉くん」
「うん」
この程度の皮肉が通じるとは思っていないけれど、それにしても…。
「僕も、君に負けないくらい『嫌い』だから気にしないよ。君だけだもの、僕のこと嫌いだ
なんて言ってくれるのは」
「感謝される覚えはないけど」
僕は抗議すべくソファーの前に立ちはだかった。
すると、三杉くんはいきなりぱちっと目を開いて、僕を見つめたんだ。
「感謝じゃない。打算だよ」
三杉くんは不思議な表情を浮かべた。不思議としか言いようがなかった。
「岬くん」
手が伸びて、頬に指先が触れた。
「キス、してもいいかい?」
僕は、うんと言ったわけじゃない。でも、嫌だとも言わなかったんだ。
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