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合宿は4日目を迎えた。
「岬!」
タオルを振り回しながら叫んでいるのは松山だ。暑さには弱いと言いなが
ら、いつまでもあんな直射日光に当たって。
「翼は、帰んの、午後かぁ?」
「よく知らないよ。今日中に、ってことしか聞いてないから」
叫び返してドリンクを少し喉に流し込む。地面に直接腰を下ろした森崎が苦
笑していた。
「翼のことなら何でも知ってるってことにされてるんだよ、岬は」
「やめてよね、ほんとにそうなら苦労はしないよ」
せっかくの日陰も、この強い陽射しにはほとんど慰めにしかならなかった。
グラウンド脇に申し訳程度に植えられた若い木は、真上から照りつける太陽
をさえぎるには力がなさすぎる。
「影踏みって、岬、やらなかった、小さい頃?」
不意に思い出したように森崎が言った。
「鬼ごっこなんだけど、ほら、影を踏まれたやつが鬼になるだろ。遊んでるうち
に夕方になって、影が長くなって――なんだか不思議な雰囲気になるんだよ
ね?」
ああ、知ってる知ってる、と周囲から賑やかに声が上がり、僕はその中で
少し考え込んだ。僕は実はその遊びをしたことがない。遊び、というもの自体
あまり縁がなかった。
「――不思議な雰囲気?」
仲間たちの会話を通り越して、森崎の視線が僕に届いた。
「ずーっとさ、互いに影ばかり追って遊んでると、夢中になり過ぎて――現実
が遠くに飛んじゃうみたいな――」
森崎は、なぜあんな話を持ち出したのだろう。
「――森崎?」
「うまく言えないけどね」
向こうでコーチたちが練習再開を告げ、森崎は立ち上がった。ジャージをぱ
んぱんと払い、腕を軽く回しながら駆け出す。他のメンバーたちもめいめいに
腰を上げてフィールドに向かった。
「翼だけどさ、東京で、ついでに寄ってくるかもな」
「だよな、結果くらいわかるし…」
「おい!」
僕が振り向いたのに気づいて、早田がつっついた。つつかれた立花も、二
人してもごもごと言葉を濁し、走りながら目をそらす。
誰も、何も言わず、練習が始まった。
メンバーの誰もが、今日が何の日か知っている。そして、皆その名前を口に
するのを避けていた。
今日は、三杉くんの手術の日なのだ。
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