「井沢、おはよう!」
「あ、ああ」
また暑くつらい一日が始まった。朝一番のメニューはとにかくランニング。体と頭
を目覚めさせるためだ。
その俺を追い越しざま声をかけていったのが反町だった。反射的に返事をしか
けたものの、なぜか俺はうろたえている自分に気づく。
滝のせいだ。昨夜、あんなことを言い出すから、変に意識してしまうじゃない
か。全然、誤解だってのに。
俺は前を走る反町の背中に目をやった。そう言えば、いつもこいつはどこにい
たっけ。ポジションは同じ中盤ながら、俺はディフェンシブだし反町はフォワードの
位置まで常にカバーしているオフェンシブハーフなのでフィールドの中でもかぶる
ことはない。
いや、それ以前に、興味がないのだ。何人もいるチームメイトの一人。俺にとっ
ての反町はそんなところでしかない。
「よっ、ちゃんと起きてるか?」
いきなり背中をどやしつけて、滝が追いついてきた。
「夢見てんじゃないぞ。しっかり目を開けろよな」
「ばーか」
俺は気にせず走り続けた。たくさんの声と、たくさんの足音が俺の周りを埋め
る。俺は耳を澄ませて、たった一人の気配を待つのだ。
一人だけの軽い足音。そしてくすくすと笑いながら俺を呼ぶ声。
まっすぐ前だけを見て走り続けていても、俺の耳には必ずそれが聞こえてくる。
そう、いつもなら。
「まさか…」
俺は初めて周囲を見回した。俺と同じように走っている見知った顔がいくつも目
に入る。だが、その中に翼はいなかった。いなくて当たり前の翼は、やっぱりいな
かった。
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