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まだ世間はのんびりと御屠蘇気分に浸っている正月三が日の二日目。ここ検見川の合
宿所と付属のグラウンド近辺だけは、世間とは隔絶された空気の中でふつふつと活気が
みなぎり始めていた。
元気の有り余っている男子中学生たちが午前中から三々五々集まり始め、順次顔を合
わせては旧交を温めたり、中にはさっそくボールを蹴り始める者までいたのだ。
全国から代表として選ばれてきた優秀選手たち――と言ってもそこはそれ、毎夏変わ
り映えしない代表校ばかりで対戦する全国大会もさることながら、既に何度も年代別日
本代表として団体生活をしてきたこともあってすっかり同窓会化した面々である。挨拶
も外交辞令もすっ飛ばして、すぐさま井戸端会議の輪をそこここで繰り広げていた。3
年生中心だけに、偏差値とか第一志望とか推薦、といった言葉が飛び交う中、もっと平
和な噂話に興じる一団もないではない。
「見たか、昨日の番組…」
「ああ、見た、見た」
「俺、たまげちまったぜ。まさか知ってるやつがあんな所に出てくるなんて…」
「しかもあの組み合わせ!」
「芸能人に混じってけっこう目立ってたよな」
「うん、あと少しで逆転まで迫ってただろ」
さすがに全国ネットは怖い。正月早々に思いがけないものを目撃した者はこのメンバ
ーの中でも半数以上に上っていたようだ。
「しかし、あの森崎がねえ」
「信じられないよな。若島津のほうはともかく」
森崎の人となりを熟知している者ほど意外の感が強いのか、これは高杉と滝。
「俺たち、今日全員揃ってここに来る約束になってたのに、あいつ先に来ちまってたら
しいぞ」
「ああ、電話したらおばさんそう言ってた」
「さっき上見てきたらよー、端っこの部屋に荷物が入ってたぜ。3人分」
ささやき合う来生と井沢の間に石崎が割って入る。
「3人!?」
「だ、誰だ、3人目は…!」
「――ええ、僕、昨日のあの番組より前に若島津さんのお宅に電話したんです、たまた
ま」
こちらは東邦の2人を加えた輪である。
「で、家の人は? 何て言ってた?」
「ああそう言えば一人足りないと思ってたわ、って」
タケシのその報告に、同じ東邦といっても単独で自宅からやってきた反町が見事にこ
ける。
「どーゆー親だっ!!」
「はあ、僕にもそのへんがよく…」
「日向は知ってたのか?」
朝早い便で着いたばかりの松山が確認を取る。ちなみに日向小次郎は大空翼と共にサ
ッカー協会で打ち合わせを済ませてからここに着くことになっており、不在である。
「いえ、今朝僕が話をするまで全然。テレビも見てらっしゃらなかったらしいです。バ
イト中だったそうで」
「うっ、正月から涙ぐましいヤツ…」
話の主題から一人外れてホロリとしている松山を反町が急いで押しのける。大して顔
の造りは変わらないのだが。
「なーなー、それよりあの剛'sクルーの剛って、若島津の兄さんだったってホント
か!?」
「そうですよ」
真面目にうなづくタケシの前で反町は一人煩悶した。
「くそ〜、知らなかったー。若島津のヤツなんて水くさいんだ。俺に一言言ってくれれ
ばよかったのに。知ってればサイン頼めたのに」
「ちなみに日向さんもまったく知らなかったそうです」
「隠してたって言うより――」
「訊かれなかったから言わなかっただけ、ってクチだな、あいつの場合」
立花兄弟が二人でうなづき合う。早田がその横で腕を組み、しきりに感心していた。
「実の兄の愛人やったとはなぁ…、ホンマに」
「なかなかふとか奴タイ」
「あのぉ、次藤先輩…」
早田の過激すぎるボケにツッコむどころか素直に信じてうなづいている巨漢DFの袖
を、輪の外から佐野が引っ張る。
「あっちで犬が――」
「犬ぅ?」
同時に他の者たちも何人か振り返っていた。離れたほうからけたたましい犬の声が響
いて来る。よく耳を澄ませてみれば猫の声も一部混じっているようだった。
「お、おい、あれっ!?」
「若島津だ!!」
その吠え声のほうをよくよく透かし見れば、グラウンドの向こう側の土手っぷりの道
を、ものすごい数の犬や猫に囲まれてゆっくり歩いて来る人影がある。間違いなく若島
津その人だった。
犬や猫たちに飛びつかれ、吠えかかられつつも、まったくそれには反応もせずに放心
状態で歩いている。
「なんだ、ありゃ」
「えらく疲れてるみたいだけど…」
「あっ! あっちも!」
目ざとい新田が反対側を指さして叫んだ。
グラウンドに通じるゲートのところにも一人ヨレヨレの姿で立っている姿がある。森
崎だった。こちらもひどくグッタリした様子で、合宿所の前で集まっている仲間にもま
ったく気づいていない。
が、やはり大騒ぎしている犬たちの騒がしい声が耳に届いたのか、ゲートをくぐりか
けてふっとそちらを振り向いた。
「わ、若島津!」
一瞬棒立ちで固まった森崎はいきなり転がるように駆け出す。
「わかしまづ――っ!!」
「えっ? あ、森崎…!」
うつむき加減に歩いていた若島津は、その声ではっと顔を上げた。そして背中に担い
でいたものを放り出すと、駆け寄ってくる森崎に向かってまっしぐらに走り始める。
が、双方とも想いに体がついていかないらしく、足をもつれさせ、ふらつきよろめき
しながら、土手道の上、ちょうどチーム全員が見守っている真正面あたりでようやく行
き会うことができた。
前につんのめるようにして森崎が若島津に腕を伸ばし、それを支えようと同じく伸ば
した腕の中に飛び込んだ。抱きとめる形でそのまま道の上に二人してへたり込む。
「――も、りさき」
「若島津ぅ〜」
名を呼び合うばかりで他に言葉が続かない。
言葉もないのは信じられないものを見てしまったチームの面々も同じで、二人の抱擁
シーンにただただ目を見開いて呆然と見守る。聞こえてくるのは若島津が放り出して行
った魚の山にキャンキャンギャーギャー言って飛びつきがっつく野良犬野良猫集団の歓
喜の声ばかりだった。
「おまえ、無事だったんだな…」
「…おまえこそ」
涙で潤む目で見上げる森崎にうなづき返そうとした若島津も声を詰まらせる。
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