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若林の肩に置かれたヘフナーの手にぐっと力がこもった。
「――嘘だろ……!」
喉の奥からかすれた声が出たきり、ただ立ち尽くす。炎に包まれたヘリコプターが彼
らの前を過ぎて行った。鉄骨ばかりの建造物がその眩い光を受けて赤い影を作る。二人
の顔も赤赤と照らし出され、そして静かに再び闇に包まれた。
「だが、事実だ――」
低くつぶやいて若林がゆらりと一歩を踏み出す。その動きにヘフナーは反射的に腕を
伸ばし、若林の体を支えた。少しの間をおいて、ヘリコプターが地上に達した衝撃音が
微かな揺れと共に伝わってきた。
「森崎…、森崎は!?」
時間的にはほんの数分のことに過ぎなかった。二人の見ている前で森崎の体が突然白
く輝き出し、次の瞬間、放電のように光の腕が四方にほとばしり出たのだ。
それは宙を切り裂く光の奔流となって空高く噴き上がり、うねり、そして炸裂した。
その目も開けていられないほどの眩さと強力なエネルギーの渦に圧倒されて、二人はた
だ身を低くしているしかなかったのだ。
雨と風がその渦に巻き込まれてうなり声を上げ、雷鳴のような耳を聾する轟音が一瞬
あたりを支配したかと思った時、同時に彼らの真上に火柱のようなものが上がったのが
見えた。それが空中のヘリコプターを捉え、まるでわしづかみにして振り回すかのよう
に大きくうねって、あっと思う間に炎上したのだった。
二人は夢中でブリッジを駆け上がった。闇を透かし見て、資材の鋼管などが崩れてい
る脇に森崎が倒れているのを認めると急いで駆け寄った。若林が側にかがみ込んで注意
深く様子を見る。
「気絶してる…。いや、眠ってるんだ。よかった…」
ヘフナーはその近くで完全にのびている金髪の男に目を止めて歩み寄り、その体を足
の先でごろんと転がして仰向けにした。こちらも意識は手離しているが命に問題はなさ
そうだ。ヘフナーは肩をすくめると若林に手を貸して森崎を抱え上げた。別にどこも外
傷はないようだったが、服のところどころが焦げたように黒ずんでいた。
「下手に『力』を出すと自爆になりかねんとか言ってなかったか?」
「こいつ自身のパワーが、その爆発を上回って制御したんだな。3年の間にずいぶん強
くなったもんだ…」
「打たれ強いってやつか」
「…まあ、翼と一緒だったんだからな」
どういう意味かはさて置いて。
「おまえの予想を超えていたわけだな」
「ああ、予想だけじゃない。俺の力だって超えてる、あれじゃ。しかも本人が自覚して
ないんじゃ、どれくらいの潜在能力がまだあるのか…。困った奴だ」
「願わくはコントロール能力がちゃんと働いてればな。ありゃ爆発ってより噴火だぜ、
まるっきり」
「当分はその能力もまた眠り込むわけだ――まさに休火山みたいに」
「当分?」
「ああ、当分…」
それ以上のことは考えたくない、とそれぞれ心の中でつぶやく。こうして今自分たち
に抱えられてぐっすりと眠り込んでいる平和な姿を見ている限り、さっき目撃した恐怖
の出来事はまるで遠い別世界のことのようだった。
今度は若島津の安否を知るべくリフトで下降してきたそこでヘフナーが目を見開い
た。
「ありゃ、何だ」
あと少しで地上に達するリフトと同じくらいの高さに見えるそれは、外部足場の側で
空中にぼーっと光っている。
「ワ、ワカシマヅだ!」
リフトが完全に止まるのも待ちきれずにヘフナーが飛び降りてその光に向かって走
る。
それはなんとも異様な光景だった。地面から2、3メートルほどの空中に、青白い光
に包まれて若島津の体が浮いているのだ。繭の中の幼虫のように静かに。
「どうなってるんだ、これは…」
ヘフナーは手を伸ばしてみたが、もう少しの所で届かない。ジャンプして飛びついて
みてもいいものか…。
「これもモリサキが…?」
「…ああ、サイコキネシスだな」
呆気にとられた顔のまま、若林は空中の若島津と、今自分の腕の中の森崎を交互に見
た。
「墜落した若島津に向けられたこいつの思念波がここでギリギリ受け止めたんだな…」
「何と言うか――」
ヘフナーが頭をかいた。
「性格の外装と中身が極端に食い違い過ぎじゃないか、こいつの場合」
「責めないでやってくれ。悪いのは俺だ。俺が途中で投げ出すようなことをしないで側
についててさえいれば…」
そういう問題かどうか大いに疑問のあったヘフナーだったが、えらく落ち込んだ様子
で森崎をかばう若林に免じて、それ以上コメントは控えた。なにしろあれだけ心配して
暴走を食い止めようとしていたのに、結局こういう事態を許してしまったのだからいか
に終わりよければ…であっても落ち込まずにはいられない若林の気持ちはよくわかった
のだ。
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