珍しく陽射しの強い日だった。フリーダはようやく小屋に着いて、大きなバッグをよ
いしょと下におろした。
「デュー!」
弟の1週間分の食料である。はっきり言って並みの量ではない。
毎週末彼女は勤め先である町の病院から故郷の山に戻り、一人で暮らす弟の食事を作
りだめしておくのだ。
「帰ったわよ! いないの?」
フリーダは首をかしげた。何か嫌な予感がして小屋に走り込む。中の暗さに目が慣れ
るまで数秒の差があったが、耳をそばだてたフリーダはその気配を職業的カンで察知し
た。
「デュー、具合が悪いの!?」
「……」
声にならない返事が部屋の隅のベッドから上がった。
「どうしたの、いったい?」
フリーダの弟、デューターは2メートルに達する巨体をぐったりとベッドに投げ出し
ていた。駆け寄ったフリーダに気づいて顔をもたげ、やっとのことで声を出す。
「はら…へった」
まるで砂漠の行き倒れであった。ただしここは自分の家の中である。フリーダは憤然
として弟を見下ろした。
「丸2日食べてなかったって、どういうことよ!」
「……」
デューターは皿ごと食べてしまいそうな勢いで料理にかじりついていた。とりあえず
応急手当代わりの食事をフリーダに作ってもらったのだ。
「余裕を持って1週間分用意しておいたはずよ。まさか熊か何かにやっちゃったって言
うんじゃないでしょうね」
ここでデューターはチラリとすまなそうな視線を姉に向けた。口に運びかけたスプー
ンがふと止まる。
「そうなんだ」
「何ですって!?」
「い、いや…」
びくっとして急いでスプーンを口に運び、デューターはもぐもぐと言い訳をした。
「熊じゃない。人間で、ええと…」
毎週の訪問者のことを、こうしてデューターはとうとう姉に告白することになったの
である。
「カールハインツ・シュナイダー? 嘘でしょ」
フリーダだってそれが誰の名前かは知っている。ただそのブンデスリーガのスタープ
レーヤーがなぜこの山で熊の真似をすることになるのか、そこがわからないのである。
「ミュンヘンからここまで何時間かかると思ってるの。どんな用事があるにしても」
どんな用事もないみたいだ、と答えたかったがデューターは言えなかった。彼にもシ
ュナイダーのことはよく理解できないのだ。熊のほうがまだましだった。
「ただ来てぶらぶらして食事だけして帰るですって? こんな何もない山の中にわざわ
ざ…? 変ねえ」
ともあれ余分に小麦粉を仕入れて来たのを幸い、フリーダは謎の客人の分も見越して
パンをどっさり焼くことになったのだった。
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