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日が暮れてから北寄りの風が強くなった。暖炉の前では床にぺたんと座り
込んだ翼がいやいやをしている。
「だめだぞ、翼。好き嫌いすると食べ物の神様のバチが当たるんだからな」
具体性のない脅しをかけているのは、世界でも珍しい「料理のできるイ
ヌ」である滝だった。今朝はたまたま機嫌が良かったニワトリたちからいた
だいてきたタマゴを生スクランブルエッグにして食べさせた後、暖炉の火に
放り込んで直焼きにしたジャガイモを翼に食べさせようと奮闘中だ。
「塩味、足りないんじゃないのか?」
横から高杉が口をはさむ。一般に人間の味覚は俺たちのそれより不健康に
できていて、味付けがかなり濃い。関西のイヌはさらに薄味好みだそうだ
が、俺は実地探査したことがないので黙っていた。
「…あれっ?」
出窓の下で丸まって居眠りしていた中里が、目を閉じたままピンと耳を立
てた。
「人間の、話し声だ」
皆それぞれの位置で耳だけをその方向に向け、神経を集中させた。この母
屋から約100メートル、飼料小屋のゲートのあたり…というところか。俺
たちの聴覚は言うまでもなく人間の能力をはるかに凌ぐ。この風でなければ
もっと早く、そして嗅覚でさらに確実にキャッチできていただろうが、もし
かするとそれも連中の計算か。
聞き慣れない足音だった。ついでにそいつらもこの家に慣れていない歩き
方だった。思ったより人数は多そうだ。
来生と小田がハッと顔を見合わせた。
「銃の、匂いだ!!」
猟犬の2人は、若林さんについて何度も猟に行っている。命を一瞬にして
奪うその圧倒的な力が、危険な匂いとして二人の感覚に刷り込まれているの
だ。
「やっぱり友好的な人間じゃないみたいだな」
俺の合図で全員がさっと配置に散った。玄関、勝手口、主な窓を固め、二
階への階段にも念のため一人が回る。翼には俺の代わりに森崎が付いた。い
ざと言う時その補佐ができるよう、近くには大柄な者中心に待機している。
だがその時、連中が家の中に誰がいるのかを正確に把握していなかったの
と同様に、俺たちもまた、連中が何を狙ってやって来たのかを知らずにいた
のだった。
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