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スタッフや出演者たちは全員、不安そうな面持ちで集まっていた。少し遅れてFスタジオ
に入ってきた私服の刑事が下羽田に軽く頭を下げた。始めるという合図らしかった。
「皆さん、どうも集まっていただきまして。手続き上のことですので、ご協力をお願いしま
す」
吹上署の蒔田と名乗ってから、刑事は手帳を取り出した。
「既にお聞きかと思いますが、先ほどこちらのGスタジオで男性の遺体が発見されました。
死因は、ナイフで刺されたことによる失血死と見られます」
誰もが息を飲んだ。中にはショックで泣き出してしまった者もいたが、そのしゃくりあげ
る声が聞こえる以外はしんと静まったままだ。
「現場のすぐ隣にいらした皆さんですので、何らかの目撃情報をお持ちかもしれません。こ
ちらのスタジオにいらした出演者の方、局スタッフの方、全員のお名前の確認から始めたい
と思うんですが――」
「ちょっと待って!」
刑事の言葉をさえぎったのは、一番端にいた真島かおりだった。
「そこにプレスの人がいるようだけど、それ、困るわ。後で話が勝手に報道に流れたりした
ら…」
真島の見ている方向に、全員の視線が集まった。それに気づいてきょとんとしたのは最後
列にいた反町だ。
「あれっ、俺のこと? もしかして」
「悪いけど、てことですから」
警備スタッフが素早く駆け寄って来た。強制退去させるべく、反町の腕を取る。
「彼は大丈夫ですよ」
スタッフの動きを止めたのは、すぐ横にいた若島津の落ち着いた一声だった。思わぬ人物
の発言に、その場の者たちはぎくりと固まる。
「取材(しごと)で来たわけじゃないんですよ。俺の知り合いなもので、たまたま居合わせ
ただけで」
「あ、あら、そうでしたの。…じゃ、じゃあ大丈夫ね。そうおっしゃるなら」
真島がぎくしゃくと微笑んで反町から目をそらした。保証したのが若島津となれば逆らえ
ない、というところか。他に不満の声を上げていた者たちもたちまち静かになった。
「へえ、俺ってこんな有名人と知り合いだったんだ」
蒔田が名前を読み上げ始めると、反町はそっと耳打ちした。若島津のほうは何事もなかっ
たかのように前を向いているだけだったが。
「いいの? 後で立場マズくなるかもよ」
「不本意ながら知り合いなのは事実だ。それに日向さんの勧めもあってな」
若島津の思いがけない言葉に反町の目が点になる。
「なななんで! 日向さんが何を勧めたって?」
「井沢をだよ。あいつは役に立つってな」
「はあぁ〜?」
「あいつの人脈は並じゃないって感心してた。ああいう商売だから、人脈も甲斐性のうちっ
てことだろう」
「そっか、確かに日向さん、井沢をさらってったことあったもんな。ヤバイ橋にはヤバイ弁
護士を、ってことか」
独りつぶやいてから、反町はまた若島津を見上げる。
「じゃあ休暇なんて言って、やっぱり何か企んでんだな、健ちゃんってば」
「休暇なのは事実だ。ただ仕事のほうがどこまでも追いかけて来るんだな、これが」
「あっやし〜」
反町が横から服を引っ張ったその時、蒔田刑事が顔を上げてこちらを見た。
「で、最後に若島津さん。来客ですね。と、そのお連れの方…と。これでいいですか」
「はい。その通りです。名前は反町。職業はフリーカメラマン」
若島津が答えて、リストの確認が終わった。結局このスタジオにいたのは、下羽田プロデ
ューサーを始めとする局スタッフ8名と外部スタッフ若干名。出演者ではキャスターの草津
克己と真島かおり、女優の桜坂奏子、音楽評論家の横井伸、タレントの森永みちろう、歌手
の相馬将人、お笑いコンビのどまんなかの二人、そしてタレントのおおみね咲とそれぞれの
マネージャーたちである。
「亡くなったディレクターの川崎陽介さんですが、死亡推定時刻はちょうど皆さんの番組の
収録中と見られます。当時、現場のGスタジオは収録等に使用しておらず、無人のはずだっ
たということですね。ただ、ご存じの通り、どのスタジオも常に施錠などはされておらず不
特定多数の出入りが可能ですので、ここは目撃情報が重要になります」
蒔田刑事は学校の教師のような口調でそう説明すると一同を見渡した。
「聞きますと、収録と言っても今朝から常に皆さんがセットに入っていたわけではないよう
ですね。コーナーごとに休憩もなさるようだし、生の映像を外してVTRになる部分もある
そうですから。各自で動いてらっしゃる間に何かお気づきになったことなどあればお聞かせ
ください」
「物音ははっきりと聞いていますよ。ここにいる全員がそうだと思いますが。収録も全部済
んだ後しばらくして、隣からセットが崩れる大きな音が聞こえました」
口火を切ったのは、評論家の横井だった。その言葉に、他の者たちもめいめいにうなづい
ている。
「ナイフによる殺人と、セットが壊れたのは何か関連があるんですか?」
バラエティ系で活躍している森永が手を上げた。この番組ではスポーツコーナーを担当し
ている。プロ野球通としても知られているタレントだ。
「それについては現在も現場検証中で、正確なことはわかりませんね」
そう答えると、蒔田はメモに目を落とした。
「川崎さんと面識のあった方は出演者では少ないようですが、桜坂さんはご存知のようです
ね。今日はお会いになってますか?」
「ええ、ドラマで一緒だったことがありますから。でも最近は会ってませんわ。最後に会っ
たのは先月くらいね」
「私は昨日会いましたよ。ちょっとだけ言葉を交わした程度ですが。特に変わった感じは、
なかったですねえ」
桜坂に続いて草津が証言した。4年後輩になること、ドラマ部門ということで日常的に接
する機会はなかったことを説明する。
「ただ、悪い噂が時々聞こえてました。ギャンブル好きで極端な額の金を動かしてるとか、
その筋の業界に顔がきくとか、まああくまで噂でしたが」
「そうですか…」
蒔田は考え込んで、またそれをメモした。その手を止め、ふと思いついたように顔を上げ
る。彼が見たのはおおみね咲だった。
「おおみねさん、あなたのお父さんはあなたの仕事に付き添いでいらしたりしますか?」
「え、私、ですか?」
咲はびっくりして目を丸くした。なにしろ唐突な質問だっただけに。
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