THE PHOTOGENIC --- 3












 スタッフや出演者たちは全員、不安そうな面持ちで集まっていた。少し遅れてFスタジオ に入ってきた私服の刑事が下羽田に軽く頭を下げた。始めるという合図らしかった。
「皆さん、どうも集まっていただきまして。手続き上のことですので、ご協力をお願いしま す」
 吹上署の蒔田と名乗ってから、刑事は手帳を取り出した。
「既にお聞きかと思いますが、先ほどこちらのGスタジオで男性の遺体が発見されました。 死因は、ナイフで刺されたことによる失血死と見られます」
 誰もが息を飲んだ。中にはショックで泣き出してしまった者もいたが、そのしゃくりあげ る声が聞こえる以外はしんと静まったままだ。
「現場のすぐ隣にいらした皆さんですので、何らかの目撃情報をお持ちかもしれません。こ ちらのスタジオにいらした出演者の方、局スタッフの方、全員のお名前の確認から始めたい と思うんですが――」
「ちょっと待って!」
 刑事の言葉をさえぎったのは、一番端にいた真島かおりだった。
「そこにプレスの人がいるようだけど、それ、困るわ。後で話が勝手に報道に流れたりした ら…」
 真島の見ている方向に、全員の視線が集まった。それに気づいてきょとんとしたのは最後 列にいた反町だ。
「あれっ、俺のこと? もしかして」
「悪いけど、てことですから」
 警備スタッフが素早く駆け寄って来た。強制退去させるべく、反町の腕を取る。
「彼は大丈夫ですよ」
 スタッフの動きを止めたのは、すぐ横にいた若島津の落ち着いた一声だった。思わぬ人物 の発言に、その場の者たちはぎくりと固まる。
「取材(しごと)で来たわけじゃないんですよ。俺の知り合いなもので、たまたま居合わせ ただけで」
「あ、あら、そうでしたの。…じゃ、じゃあ大丈夫ね。そうおっしゃるなら」
 真島がぎくしゃくと微笑んで反町から目をそらした。保証したのが若島津となれば逆らえ ない、というところか。他に不満の声を上げていた者たちもたちまち静かになった。
「へえ、俺ってこんな有名人と知り合いだったんだ」
 蒔田が名前を読み上げ始めると、反町はそっと耳打ちした。若島津のほうは何事もなかっ たかのように前を向いているだけだったが。
「いいの? 後で立場マズくなるかもよ」
「不本意ながら知り合いなのは事実だ。それに日向さんの勧めもあってな」
 若島津の思いがけない言葉に反町の目が点になる。
「なななんで! 日向さんが何を勧めたって?」
「井沢をだよ。あいつは役に立つってな」
「はあぁ〜?」
「あいつの人脈は並じゃないって感心してた。ああいう商売だから、人脈も甲斐性のうちっ てことだろう」
「そっか、確かに日向さん、井沢をさらってったことあったもんな。ヤバイ橋にはヤバイ弁 護士を、ってことか」
 独りつぶやいてから、反町はまた若島津を見上げる。
「じゃあ休暇なんて言って、やっぱり何か企んでんだな、健ちゃんってば」
「休暇なのは事実だ。ただ仕事のほうがどこまでも追いかけて来るんだな、これが」
「あっやし〜」
 反町が横から服を引っ張ったその時、蒔田刑事が顔を上げてこちらを見た。
「で、最後に若島津さん。来客ですね。と、そのお連れの方…と。これでいいですか」
「はい。その通りです。名前は反町。職業はフリーカメラマン」
 若島津が答えて、リストの確認が終わった。結局このスタジオにいたのは、下羽田プロデ ューサーを始めとする局スタッフ8名と外部スタッフ若干名。出演者ではキャスターの草津 克己と真島かおり、女優の桜坂奏子、音楽評論家の横井伸、タレントの森永みちろう、歌手 の相馬将人、お笑いコンビのどまんなかの二人、そしてタレントのおおみね咲とそれぞれの マネージャーたちである。
「亡くなったディレクターの川崎陽介さんですが、死亡推定時刻はちょうど皆さんの番組の 収録中と見られます。当時、現場のGスタジオは収録等に使用しておらず、無人のはずだっ たということですね。ただ、ご存じの通り、どのスタジオも常に施錠などはされておらず不 特定多数の出入りが可能ですので、ここは目撃情報が重要になります」
 蒔田刑事は学校の教師のような口調でそう説明すると一同を見渡した。
「聞きますと、収録と言っても今朝から常に皆さんがセットに入っていたわけではないよう ですね。コーナーごとに休憩もなさるようだし、生の映像を外してVTRになる部分もある そうですから。各自で動いてらっしゃる間に何かお気づきになったことなどあればお聞かせ ください」
「物音ははっきりと聞いていますよ。ここにいる全員がそうだと思いますが。収録も全部済 んだ後しばらくして、隣からセットが崩れる大きな音が聞こえました」
 口火を切ったのは、評論家の横井だった。その言葉に、他の者たちもめいめいにうなづい ている。
「ナイフによる殺人と、セットが壊れたのは何か関連があるんですか?」
 バラエティ系で活躍している森永が手を上げた。この番組ではスポーツコーナーを担当し ている。プロ野球通としても知られているタレントだ。
「それについては現在も現場検証中で、正確なことはわかりませんね」
 そう答えると、蒔田はメモに目を落とした。
「川崎さんと面識のあった方は出演者では少ないようですが、桜坂さんはご存知のようです ね。今日はお会いになってますか?」
「ええ、ドラマで一緒だったことがありますから。でも最近は会ってませんわ。最後に会っ たのは先月くらいね」
「私は昨日会いましたよ。ちょっとだけ言葉を交わした程度ですが。特に変わった感じは、 なかったですねえ」
 桜坂に続いて草津が証言した。4年後輩になること、ドラマ部門ということで日常的に接 する機会はなかったことを説明する。
「ただ、悪い噂が時々聞こえてました。ギャンブル好きで極端な額の金を動かしてるとか、 その筋の業界に顔がきくとか、まああくまで噂でしたが」
「そうですか…」
 蒔田は考え込んで、またそれをメモした。その手を止め、ふと思いついたように顔を上げ る。彼が見たのはおおみね咲だった。
「おおみねさん、あなたのお父さんはあなたの仕事に付き添いでいらしたりしますか?」
「え、私、ですか?」
 咲はびっくりして目を丸くした。なにしろ唐突な質問だっただけに。
「あ、父はぁ…あんまり、かな?」
「咲の父親は時々顔を出す程度です。ロケの仕事なんかだと私の代わりに送り迎えを引き受 けることはありますが」
 ピントの合わない咲の返答に、マネージャーが横からあわててフォローする。蒔田はうな づいた。
「お父さんもこの世界の方ですね」
「あ、昔は時代劇中心に俳優をやってましたが、咲と入れ替わりくらいに引退して、今は知 人の会社の手伝いのようなことをしています」
「大峰竜二さん――これは本名ですか?」
 せっせと代理で答えるマネージャーにではなく、蒔田はまっすぐ咲のほうを見て尋ねた。 「はい、芸名と同じです」
 たたみかけられる質問に、さすがの咲もちょっと不安そうな顔になった。周囲の者たちも 不審げにひそひそ囁き始める。
「おおみねさんのお父さんと、この事件が関係あるってことですか?」
 真島がずばりと口にする。蒔田刑事は黙ってそちらを振り向いてから、また咲に向き直っ た。
「川崎さんの所持品の中に手紙がありましてね。差出人が、大峰竜二さんだったんですよ」 「そんな…!」
 大きな声を上げたのは咲のマネージャーだった。咲のほうはただぽかんとして蒔田を見つ めている。
「内容は不動産契約の案内と、見積もりの件など…。まあ、いわゆる業務連絡ですね」
「じゃあ、事件と関係があるわけじゃ――」
 マネージャーがおずおずとそう言い掛けたのを、蒔田は静かにさえぎった。
「いえ、残念ですがそうとは言い切れません。大峰さんに確認を取るために会社のほうへ伺 ったのですが、今朝早く営業先へいらしたきりということでいらっしゃらず、さらにご自宅 に向かったパトカーが、その近辺で大峰さんの車によく似た車が急発進して行ったのを見た という報告もありまして、現在も所在がつかめないままなんです」
「逃げた、ってことですか?」
「それも未確認です」
 マネージャーは呆然と咲を振り返った。咲のほうもあっけにとられて何も言えずにいる。 「おおみねさんは、何か心当たりはありますか?」
「……いえ、私、今は実家には住んでいないので…」
「そうですか。こちらでも捜していますので、それについてはまた」
「あのう、すみません」
 おずおずと手を上げたのは相馬のマネージャーである。
「時間が、その、あまりないんで、もう行かせていただいていいでしょうか。次の生番組の スケジュールがあるんです」
「まあ、忙しいこと」
 桜坂が含み笑いをした。
「5時からのニュース番組なんです。その前の打ち合わせなんで。連絡はすぐに取れるよう にしておきますので、すみません」
「でもさ、我々って容疑者ってわけじゃないんだろ。こんなふうに行動を制限される義務は ないはずだが」
 横井が不満そうに言う。
「私はそりゃ相馬くんみたいにスケジュールぎっしりってわけじゃないが、かと言っていつ までもこんな騒ぎに付き合わされるのも有り難くない話だ。刑事さん、いったいいつまでこ うしてなきゃならないんですか」
「そうですね。皆さんのおっしゃるのもごもっともです」
 蒔田は相変わらずの落ち着きでうなづいた。
「今、現場の鑑識の結果待ちなんです。それでおそらくはっきりできると思うので、…そう ですね、そのニュースの時間までにはなんとかなるでしょうから、それまですみませんがこ ちらで待機お願いします」
 スタッフは条件付きで各自の持ち場に戻り、出演者とその関係者はしぶしぶ居残ることと なった。セットから移動させて間に合わせの席を作る。
 おおみね咲は遠巻きにされてぽつんと一人になった。側に立ったマネージャーだけが必死 になって話しかけているが、他の者たちの視線が冷たくなるのは否めない。
「ね、咲ちゃん、心配することないよ。お父さんと連絡さえ取れればはっきりするから。ア リバイとか、そういうのあるだろうし」
「そうかなー」
 咲はしょんぼりしていたが、ショックが大きいのはむしろそう言っているマネージャーの ほう、という感じである。
「彼女が二世タレントとは知らなかったですよ。桜坂さんは知ってますか、大峰っていう俳 優」
「そうねえ」
 桜坂は着物の襟元を直しながら考え込んだ。
「名前はどこかで聞いたような気もするんだけど。どんな人だったかしら。役付きの人でも ないとなかなかそこまでは」
「ロケ先について来ることがあったって、あなたたちは会ったことあるの?」
 レポーターとして一緒になる機会の多いどまんなかの二人に、真島が尋ねている。
「いや、俺は覚えてないっすねえ」
「そこまで見てるほど余裕ないですから」
 直接咲に話しかけようという者はいそうにない。
「川崎くんもねえ、いつかこういうことにならなければいいと思ってたんだが」
 こちらは草津の声である。川崎を顔だけは知っているという森永と、やはりひそひそ話し 合っているようだった。
「本当にすみません、こんなことになるなんて。若島津さんこそお忙しいのに」
 下羽田が恐縮した。
「いやいや、私は休暇中の身です。皆さんよりよほど暇ですからご心配なく。こっちの反町 もね」
「勝手に暇にすんなよ。ま、暇だけど」
 ぶつぶつ言う反町は無視して、若島津は腕時計に目をやった。
「ああ、しまった。そうは言いつつ忘れてました。娘を迎えに行く時間だったんだ」
「は〜〜ぁ?」
 反町がすっとんきょうな声を出した。下羽田ももちろん絶句している。
「む、娘って、おまえ…!?」
「ああ、一緒に日本で休暇を過ごそうと思って連れて来た。ここに来る前にホテルに預けて きたんだが、そろそろ約束の時間でな」
「ちょっと待て。おまえ、結婚したなんて聞いてないぞ? いつの間に…?」
 反町の大声のせいで、この時点で周囲の注目はすべてこの会話に集まっていた。
 なにしろ美形の兄弟として知られていた頃からかれこれ10年以上も世の女性の熱い視線 を集めていたのだ。その間、芸能ジャーナリズムの必死の努力の甲斐なく、本命視されるよ うな噂はただの一つも浮かんでこなかった。言わば鉄壁のスキャンダル・フリー状態。結 局、兄の企画にはめられて唯一主演した映画1本だけを残してハリウッドに渡ってしまっ た、ある意味伝説の存在と言っていい男だった。
「結婚には興味ないってずっと言ってたじゃないか!」
「興味ないのは同じさ、今でも。独身で子持ちなんて珍しい話じゃない」
「おまえだから、珍しくなってんの!」
 殺人事件も大変だが、こちらの事件もそれに負けない非常事態だった。









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