THE PHOTOGENIC --- 5












「川崎さんの遺体発見場所とは少し離れた、奥の壁際です。セットの瓦礫に隠れて発見が遅
れたんでしょう」
 戻って来た蒔田警部補はポラロイド写真を取り出して示したが、その場の誰も見覚えのな
い人物だと証言した。
「なんてこった。連続殺人だなんて…」
 森永が青くなっている。
「検死の結果を待たないと確かではありませんが、外傷の様子から見て、こちらは転落死の
可能性がありますね。たとえばああいう高さから」
 蒔田が指差したのは、スタジオの上部、調整室の窓が見える設備通路だった。壁に沿って
アルミ製の足場がぐるりと取り巻いているのだが、高さで言えば約10メートルというとこ
ろだろうか。これはもちろん隣のGスタジオでもほぼ同じ構造になっている。
「他殺か事故か、ちょっと厄介なところですね」
 そんな言葉を残して蒔田が去った後、出演者一同は不安な空気の中、また待ちの時間に放
り出された。
 既に4時。夕方のニュース番組まであと1時間。
 相馬はそちらのスタジオに戻り、草津アナも報道部から呼び出しが入って別棟に向かう。
「私、明日京都で撮影なのよ。いつまでこうしてなきゃいけないの」
 桜坂の怒りにも疲れが見えてきていた。
 今日はこの収録だけで終わりだったのは、あと横井、森永、おおみね咲である。どまんな
かは同じプロダクションの仲間のライブがあって、出演はないものの会場へは出向くことに
なっているという。
「共犯の疑い、ってねえ。ほんとにいると決まったわけでもないのになあ」
「相馬くんはなんて言ってたの? ニュースで流れるんでしょう、この事件も」
「ああ、草津さんが呼ばれて行ったのはそのことでだったみたいだよ。この段階では発表そ
のものが微妙なとこだしね」
 桜坂と横井の会話はぼそぼそと続く。
「でも、お父さんのこと、心配だよね」
 こちらで反町がそう声をかけると、咲の顔が曇った。
「お父さんが犯人のわけないです。だから早く出て来て、ちゃんと調べてもらえば、違うっ
てわかるはずなんです…」
「そうだね。だといいね」
 反町は一応そう言ってなぐさめたのだが、やはりニュースがどう伝えられるかは気にな
る。
 セットの前のモニターにも、壁際のモニターにも、それぞれ人が集まり始めた。咲は少し
ためらっていたが、同じくそーっとモニターに近づく。
「おっと!」
 反町の携帯が鳴った。
「いいとこなのに、なんだよぉ」
 そそそと人垣から外れて声を低くする。
『俺だ』
「井沢?」
 聞こえてきたのはちょっと不機嫌な井沢の声だった。
『揃いも揃って人使いの荒いやつらだよ、まったく』
「代わろうか?」
 ちらっと若島津を見やるが、井沢は手短に済ませたいようだった。
『いや、伝えておいてくれ。結果はロスの事務所に転送しておいたってな』
「結果って?」
『それでわかる』
 あくまで第三者扱いである。この冷たいとこがいいんだけど…とこっそり考えながら反町
は夕方のニュースショー『YOU GATTA NEWS』のタイトルコールが始まったの
を横目で確認した。
「あのさ、今そこにテレビあったらニュースにしてみなよ。俺たち、その現場に足止め食っ
てんの。容疑者リストに載ってんだぜ」
 得意がるようなことだろうか。しかも事実が脚色されている。
『出先なんでな。観られるかどうか難しいな』
 それだけ言って通話は切れた。反町は口を尖らせる。
「ちぇっ、つれないのー」
 人垣の後ろに立ってニュースを眺めている若島津のところに戻って来た。
「健ちゃん、結果を送ったってさ。何のかは知らないけど」
「そうか」
 こちらも負けずに手応えがない。ニュースに夢中になっているから、でもないようだが。
「あ、これだ!」
 モニターの一番前に陣取っていたどまんなかの二人が指を差した。うつむいていた咲もち らっと目を上げ、そのまま動かなくなる。
『――などと見て、関係者から事情を聞くとともに、現場に残された指紋などからこの自営 業の男性が事件に関わったものとみて行方を追っています』
「まあ」
 次のニュースに切り替わった瞬間に、一同の緊張がぱっと音を立てて緩んだようだった。 中で最初に声を上げたのは真島である。
「名前は出さなかったわね。顔とかも」
「まだ状況証拠だけだからねえ。容疑者、って出すわけにはいかないんだな」
 横井がもっともらしく腕を組む。桜坂は不満そうだった。
「こんな程度でちゃんと捕まえられるのかしらね。今頃どこにいるかさえわからないってい うのに」
 咲は一人まだぼんやりとテレビ画面から目を離さないままだった。
「あ、咲ちゃん!」
 その肩を、そばに立っていたマネージャーが揺すった。咲がはっと顔を上げると、マネー ジャーが必死な顔でスタジオの向こう側を指している。他の者たちも何事かと一緒にそちら を見た。
「電話だよ、早く! ――お父さんから!」
 電話を受けてあわてているのはスタッフたちも同じだった。下羽田の指示で、隣のスタジ オの蒔田にもすぐ知らされる。全員がそれはもう半信半疑で咲を見守った。
「あのー、咲です、けど」
 電話を受け取った咲の後姿が、相手の声を聞いてびくっと動いた。
「お父さん!? ほんとにお父さん――?」
 張り上げかけた声がかすれる。かわりに手にぎゅっと力が込められたようだった。
「今、どこなの、お父さん、犯人じゃないわよね? 違うわよね?」
 掛け付けて来た蒔田がその様子を横でじっと聞いていたが、そこで手を出すとそっと受話 器を受け取った。
「大峰さんですか? 今どちらにいらっしゃるんです。お嬢さんはもちろん、みんな心配し てるんですよ。何か事件のことでご存知だったら聞かせてください。どこなんですか」
 つとめて穏やかに、冷静に聞き出そうとしているようだ。しかし電話の相手はどうやらゆ っくり話している状況ではないらしかった。
「待ってください、大峰さん! ――えっ、何ですって?」
 その問いだけを残して通話は切れたようだった。蒔田の顔に失望が浮かぶ。受話器を下ろ して別の私服刑事と目を合わせた。
「携帯からだったようだな。走りながらしゃべっていた感じだった」
「エリアだけでも特定できればいいんですが」
「いや、特定できた時にはもう移動しているだろうからな。それより妙なことを言ってたん だが――」
 蒔田は記憶をたどった。
「自分は殺していない、無実だ、と言った後に、急に番組の名前を出して――『ラブ・ライ ブ・タイム』だったかな」
「それは、このニュース番組の中のコーナー名です!」
 下羽田が身を乗り出した。
「相馬くんが担当してて、若い世代向けのニュースや情報を流すんです。それがどうかした んですか?」
「そこで無実を証明する、って言ったんですよ。それで若島津さんを出してくれ、と」
「若島津さん…を?」
 下羽田が絶句したのも無理はない。その場の者たち全員がぴたりと凍り付いてしまった。 ――ただ一人の例外を除いて。
「私は構いませんが、何をすればいいんでしょうね。容疑者インタビューでもするのかな」  モニターの画面ではニュースが淡々と進んでいく。事件,事故を項目別に伝える最初のコ ーナーが終わった後は、天気予報をはさんで『ラブ・ライブ・タイム』…であった。









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