THE PHOTOGENIC --- 6












「人質にするつもり、なんてのじゃないよなあ」
 殺人事件の重要参考人の要求がゲストの指名。関連が読めない。どう頭をひねっても。
 本人もその場に現われるのか。だとすると、出会って会話をしたい…なんてことですむと
は考えにくい。反町は妙に平然としている若島津を心配そうに眺めた。
 その若島津は、さっきから警察とテレビ局の管理職たちに囲まれて説明を受けている。な
にしろ生番組である上に、このコーナーのみオープンスタジオとあってその場にはファンの
ティーンエージャーたちがぎっしり詰め掛けるのだ。殺人犯かもしれない人物がもし直接こ
こに現われたら、安全はどう保証すればいいのか。と、そういう話になっているようだが、
当の若島津にはそういう深刻さはまるで伝わっていない。
「若島津さんをあのコーナーに出せ、と、それしか言って来てないですからね。実際に何が
起こるか、誰にもわかりません。その場でまた要求が変わる可能性も大ですし」
「でしょうね」
 若島津は話より別のことに気を取られていた。背後からヘアメイクさんが髪を整えようと
勝手に手を出しているのだ。若島津は丁重にそれを断って、壁の時計を見た。蒔田も同じく
時計を見てうなづく。出番は近づいていた。
「とにかく、くれぐれもご注意を。危険のないようにだけはしてください」
「他人を危険な目に遭わせないように、だよね、実際は」
 横でその言葉を聞きながら反町が苦笑している。
「でも、とりあえず出すって言っても出演は出演だよね。いきなりそんなことして変じゃな
いのかな、番組として」
「このコーナーじゃ珍しいことじゃないよ。緊急生ゲストなんてタイアップキャンペーンの
出演はザラだし。そもそもこれだけの有名人なんだ。ゲストとして不自然ってことはないだ
ろ」
 横井がいつの間にか隣に立っていた。音楽関係の話題も扱うので、彼もよくチェックして
いるのだそうだ。
「担当の相馬くんもアドリブのきく子だ。進行についても心配はないさ」
「相馬くんが司会って、すごくないですか? あの若さで」
 普段こういう番組に縁がない反町にはそこが疑問だったらしい。
「女子アナとのコンビでね、結構うまくこなしてますよ。と言うか、この司会が受けて歌の
ほうの人気も上ってきてるくらいですから」
「へえ〜、今はアイドルも多角経営なんだ」
 などと話している間にも時間は迫る。蒔田が声を掛けて、若島津は下羽田と一緒にオープ
ンスタジオに向かった。
「私、どうしよう」
 おおみね咲はマネージャーに必死に頼み込んでいるところだった。警察にはここで待機す
るように言われたようだが、やはり父親が現われるかもしれないとなるとじっとしていられ
ない気持ちはわかる。
「だからさ、とりあえず待ってようよ。何か動きがあったらすぐ連絡してもらえるように下
羽田さんにもお願いしてあるから」
「で、でも〜」
「咲ちゃん、大丈夫だよ」
 反町はこちらから呼びかけた。
「若島津ってさ、ああ見えて常識ないから、いざと言う時頼りになるよ。少々のことじゃ動
じないようにできてる」
「そ、そうなんですか?」
 一瞬目を丸くしてから、咲は吹き出した。マネージャーも、そして横井までがつられてい
る。
「そういうことなら僕らも高みの見物といくだけだな。君の言う通りにしよう」
「ほら、早く!」
 どまんなかの二人がモニターの前で手を振っている。ずっと特等席を独占中である。
「ああ、ほんとに始まっちまったよ〜」
 画面では、悲鳴じみた歓声が弾けたところだった。
 MCである相馬と女子アナが放送ブースに登場してまずコーナーのタイトルコールでひと
しきり盛り上がる。ファンのボルテージは最初から全開だった。
『今日も最新情報を満載で、ラブ・ライブ!』
 相馬の声とともに画面はステージセット全体を引きで映してスポンサーテロップがかぶさ
る。
「あなた、ほんとに若島津さんのお友達だったのね」
 反町が振り向くと、真島かおりがまじまじと反町を見つめていた。
「それも仕事のじゃなく、プライベートな」
 スタッフが運んできた紙コップのコーヒーを反町にも回してくれる。受け取りながら反町 はにやっと笑った。
「まあ友達って言っても、もう5、6年は会ってなかったけどね」
「じゃあ、学校が一緒だったとか?」
「そんなとこかな」
 中学から大学まで、ずっと。そう考えるとちょっと空恐ろしいような気がしてくるのはな ぜだろう。
「あら、草津さん」
 ちょうどそこへ草津アナが疲れた顔で戻って来た。
「警察発表って、あんなものだったの? ずいぶん控え目だったわね」
「いやあ、大変だったんだ、それが」
 草津もコーヒーをもらって席に座る。
「あの蒔田警部補、物腰はソフトだけどけっこうやり手だね。駆けつけてからたった数時間 で局じゅう調べ尽くしてるよ。大峰さんの経歴からここの警備体制までばりばりにね」
 そして手にしていたファイルを真島に渡す。モニターの前にいた全員が興味深そうに覗き 込んだ。
「大峰さんと川崎さんのそれぞれの身辺と経歴の調査結果の一部だそうだ。まあ、本人はも っといろいろつかんでるようだが、肝心なところはそらっとぼけていたよ」
「へえ、これが顔写真か」
 まず最初に入っていたのが大峰竜二氏の写真だった。これは現在の段階でニュースで公開 されることはない。
「時代劇の俳優、だっけ? 確かにどこかで見たような記憶はあるなあ。ただ、イメージの ギャップがありすぎて…」
 エンがそう言うと、女優の立場で桜坂が苦笑した。
「着物とズラがないと、でしょう? よく言われるわよね、こっちのほうが本物なのに、笑 っちゃうわ」
 一見して強面、背は低く胴長、そして撫で肩…という、時代劇の脇役には必ず一人はいる タイプである。
「僕たちのことも一人一人の行動までちゃんとチェックしてあるみたいだよ。いつスタジオ を出て、どこで何をして戻ったか。今だってこうして自由にさせてるようでちゃんと監視は 付けてあるんだろうさ」
「うえっ、やだなあ」
 草津の言葉を聞いて、森永は気味悪そうに周囲を見回した。さっきのアリバイの話が実感 を持って蘇って来るではないか。
「大峰さんの自宅、勤務先、取引先、全部張ってあるし、自宅の電話も本人の携帯もすべて の送信着信が記録できるようにしてあるそうだ」
「そうなんですか?」
 咲がびっくりして席から飛び上がった。
「私が内緒で携帯にかけたのも、刑事さん、知ってたとか」
「たぶんそうだよ」
 反町が笑った。
「君は共犯者じゃない、君だけがアリバイがあるってさっき言われただろ。あれ、その携帯 のことがあったからそう言ったんだと思うよ、今考えると。だって、ほんとに共犯ならあん な筒抜けの行動なんてとらないさ。人前で堂々と電話したりして、とても内緒とは言えない よ、あれじゃ」
「確かにそうねえ。私ならもう少し頭を使ってくれる相棒を選ぶわね」
 桜坂までがくすくすと笑ったので咲はきまり悪そうにした。草津がうなづく。
「ニュースがあんなあいまいな言い方になったのは蒔田さんの指示なんだ。自分から出頭さ せるためにも報道で追い詰めるのはよくない、逆効果になる、ってね」
「じゃあ…」
 咲が棒立ちになる。
「お父さんはここには来ない、ってことですか」
「少なくとも蒔田警部補はそう考えてるね」
 草津の言葉に、皆一斉にモニターを振り返った。華やかに賑やかに音楽が響き、番組は続 いている。
 大峰はここで何をしようとしているのか。
 スタッフが向こうから合図をしてきた。上から連絡が入ったらしく、大きな声で叫ぶ。
「次、若島津さん、入ります!」
 全員、モニターに釘付けになった。









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