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「人質にするつもり、なんてのじゃないよなあ」
殺人事件の重要参考人の要求がゲストの指名。関連が読めない。どう頭をひねっても。
本人もその場に現われるのか。だとすると、出会って会話をしたい…なんてことですむと
は考えにくい。反町は妙に平然としている若島津を心配そうに眺めた。
その若島津は、さっきから警察とテレビ局の管理職たちに囲まれて説明を受けている。な
にしろ生番組である上に、このコーナーのみオープンスタジオとあってその場にはファンの
ティーンエージャーたちがぎっしり詰め掛けるのだ。殺人犯かもしれない人物がもし直接こ
こに現われたら、安全はどう保証すればいいのか。と、そういう話になっているようだが、
当の若島津にはそういう深刻さはまるで伝わっていない。
「若島津さんをあのコーナーに出せ、と、それしか言って来てないですからね。実際に何が
起こるか、誰にもわかりません。その場でまた要求が変わる可能性も大ですし」
「でしょうね」
若島津は話より別のことに気を取られていた。背後からヘアメイクさんが髪を整えようと
勝手に手を出しているのだ。若島津は丁重にそれを断って、壁の時計を見た。蒔田も同じく
時計を見てうなづく。出番は近づいていた。
「とにかく、くれぐれもご注意を。危険のないようにだけはしてください」
「他人を危険な目に遭わせないように、だよね、実際は」
横でその言葉を聞きながら反町が苦笑している。
「でも、とりあえず出すって言っても出演は出演だよね。いきなりそんなことして変じゃな
いのかな、番組として」
「このコーナーじゃ珍しいことじゃないよ。緊急生ゲストなんてタイアップキャンペーンの
出演はザラだし。そもそもこれだけの有名人なんだ。ゲストとして不自然ってことはないだ
ろ」
横井がいつの間にか隣に立っていた。音楽関係の話題も扱うので、彼もよくチェックして
いるのだそうだ。
「担当の相馬くんもアドリブのきく子だ。進行についても心配はないさ」
「相馬くんが司会って、すごくないですか? あの若さで」
普段こういう番組に縁がない反町にはそこが疑問だったらしい。
「女子アナとのコンビでね、結構うまくこなしてますよ。と言うか、この司会が受けて歌の
ほうの人気も上ってきてるくらいですから」
「へえ〜、今はアイドルも多角経営なんだ」
などと話している間にも時間は迫る。蒔田が声を掛けて、若島津は下羽田と一緒にオープ
ンスタジオに向かった。
「私、どうしよう」
おおみね咲はマネージャーに必死に頼み込んでいるところだった。警察にはここで待機す
るように言われたようだが、やはり父親が現われるかもしれないとなるとじっとしていられ
ない気持ちはわかる。
「だからさ、とりあえず待ってようよ。何か動きがあったらすぐ連絡してもらえるように下
羽田さんにもお願いしてあるから」
「で、でも〜」
「咲ちゃん、大丈夫だよ」
反町はこちらから呼びかけた。
「若島津ってさ、ああ見えて常識ないから、いざと言う時頼りになるよ。少々のことじゃ動
じないようにできてる」
「そ、そうなんですか?」
一瞬目を丸くしてから、咲は吹き出した。マネージャーも、そして横井までがつられてい
る。
「そういうことなら僕らも高みの見物といくだけだな。君の言う通りにしよう」
「ほら、早く!」
どまんなかの二人がモニターの前で手を振っている。ずっと特等席を独占中である。
「ああ、ほんとに始まっちまったよ〜」
画面では、悲鳴じみた歓声が弾けたところだった。
MCである相馬と女子アナが放送ブースに登場してまずコーナーのタイトルコールでひと
しきり盛り上がる。ファンのボルテージは最初から全開だった。
『今日も最新情報を満載で、ラブ・ライブ!』
相馬の声とともに画面はステージセット全体を引きで映してスポンサーテロップがかぶさ
る。
「あなた、ほんとに若島津さんのお友達だったのね」
反町が振り向くと、真島かおりがまじまじと反町を見つめていた。
「それも仕事のじゃなく、プライベートな」
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