THE PHOTOGENIC --- 7












 相馬将人は確かに生番組の呼吸を心得ていた。リハーサルの時とは明らかに違う進行を、
ADの出すサインを見ながら違和感なく繋いでいく。
 いわゆる美少年タイプでないのが幸いして、日常のちょっと延長、くらいの距離感がファ
ンに共感を与えるらしい。年上の女子アナとのコンビも、適度なボケっぷりで笑いを取っ
て、その人気の幅を窺わせた。
「よしよし、その調子」
『さあ、ここで特別ゲストの登場です。アメリカ映画界で活躍中のプロデューサー、若島津
健さんです!』
『どうぞ、こちらへ。こんにちは、若島津さん』
『――こんにちは』
 カウンターデスクとスツールという席に若島津が座ると、会場が低くざわめいた。確かに
特別なゲストだと、会場の少女たちも納得したのだ。
『さあ相馬くん、まずは紹介を』
 ゲストトークのスタイルで、コーナーは始まった。
『――ドキュメンタリー・フィクションとか、バーチャル・ドキュメンタリーとか言われて
いる若島津さんの映画の手法はハリウッドでも画期的な存在として高く評価されています。
たとえばこちらのフリップ…』
『うわぁ、これ全部受賞作品ですか! すごいなあ』
 若島津も言葉数は少ないながらも、テレビ向けということは考えてきちんと受け答えをし
ている。自分がこの相馬と同じ年頃にはインタビューでの非協力ぶりでスポーツマスコミを
さんざん嘆かせていたのが嘘のような進歩だ。
『じゃあ、この後はランキングをはさんで、ゲストと生電話のコーナーです!』
 そう言った相馬の顔をカメラが抜いた。その笑顔が一瞬だけ固まる。
「どうしたんだ?」
 モニターの前でキュウがつぶやいた。相方のエンが、言われて画面に身を乗り出し、そし
て息をのむ。
「繋がったんだ」
「えっ?」
「生電話の、相手!」
 エンが指していたモニターはオンエア映像ではなかった。調節室から、CM中として流し
ている副映像である。そこには、ディレクターから緊張した顔で指示を受けている相馬と女
子アナの姿があった。
「じゃあ、大峰さんが生電話に…掛けてきたってこと?」
 真島が振り返る。スタッフの一人が、内線で上のスタジオに確認を取ってくれた。
「番組に届くFAXの中に見つかったんだそうです、大峰さんのものが。こちらから折り返
し掛けた電話が繋がって、今、生電話コーナーに出てもらう準備中です」
「来たか、やっぱり」
 横井が喉を鳴らした。皆、同じ思いにうなづく。
「でもどこから掛けてるかはわからないわよ」
「携帯だと逆探知ができないとか聞いたけど?」
「そんなことはないだろ。たぶん、だけど」
 口々に話しながら目は画面から離さない。CM明けから直接ランキングの画面に移ったの
で、副画像はそのまま電話の準備の様子を映し続けている。
『さあ、続いてはゲストと生電話のコーナーです。相馬くん、FAXは選びました?』
 カメラはスタジオのブースに切り替わった。女子アナが相馬に振ってコーナーが始まる。
『今日はこちら、東京都にお住まいの、ええと、56才の男性の方、若島津さんの大ファン
ということでいただきました。このコーナーには珍しい年代の方ですね。さすがに幅広い人
気の若島津さんです。――もしもーし、こんにちは!』
 相馬の顔に、わずかに緊張が見て取れる。
『えっと、聞こえますか?』
『――はい、こんにちは。よろしくお願いします』
 低いがはっきりした声が電話マイクを通して流れた。咲の顔がぱっと紅潮する。
『ここに若島津さんがいらっしゃいますので、さっそくお話ししていただきますね。めった
に帰国なさらないので、貴重な機会ですよ。――さあ、どうぞ』
 裏事情を知っている者にとってはかなりわざとらしい仕込みであったが、今回に限っては
笑い事ではない。
『こんにちは、若島津です。よろしく。FAXによると、私に相談したいことがおありだそ
うですね』
『あ、はい。ご迷惑かもしれませんが』
 電話の大峰は、ちょっとためらってからゆっくりと話し始めた。
『私には一人娘がおりまして、男手ひとつで育ててきたんですが、その娘の仕事先の男から
私に嫌がらせが続いて困っておったんです』
『嫌がらせ?』
 大峰の声がまた途切れる。ためらっている様子だった。
『娘を中傷するような話を持ち出してきて、この噂を流されたくなければ…とたびたび金銭
を要求するようになりまして…』
『ちょ、ちょっとそれって恐喝じゃないですか』
 相馬があわてて言葉をはさんだ。
『警察に訴えないと、それは』
『何か、そうできない理由がおありなんですね』
 若島津が静かに尋ねた。Fスタジオの面々も息をのんでその答えに注目する。
『その中傷が――その噂というのが、娘の生まれた時の事情、なんです。どこでどう突き止
めたのか、娘にも話さずにいた、実の母親の名前を出すと脅されて』
『えっ!?』
 相馬が絶句した。
『これが表沙汰になると、娘はもう仕事も続けられなくなるでしょう。何より娘が傷つく。 ――そう考えて言われるまま金を渡すようになったのが間違いだったんですが』
『それですまなくなってしまった、と?』
 電話を通したやりとりが続く中、相馬はそっと若島津の顔を見た。共に裏の状況は知って いるわけだが、若島津のこの動じない態度は尋常ではない。若い彼にはとても真似のできる ものではなかった。
『はい、要求はエスカレートしてきました。無理な不動産融資を迫るようになり、今朝も朝 早く自宅に押しかけてナイフまで見せて脅してきました。その場はなんとか押しとどめて別 れたのですが――』
 話が事件のことへと近づいて行った。見守る関係者たちに緊張感が増す。
『その男が、今日、死体で発見されました。私が、容疑者になってしまったんです』
 ざわっとスタジオがどよめいた。さっき流れたばかりのニュースだと気づいた子たちもい たに違いない。
『ふーむ』
 若島津も目を細めた。じっと何事か考えている様子に、相馬も女子アナもただ電話の相手 の言葉に耳を澄ませる。
『私には動機があり、しかもアリバイがありません。凶器の指紋という状況証拠まである以 上、警察に出頭しても潔白を証明できるかどうかは難しいでしょう。でも、このままでは守 ろうとした娘まで巻き込んでしまう。なんとか無実だと示す手立てはないかと、私はこの時 間までうろうろとしていました。証人を、探せないものかと』
『アリバイを証明できる人が必要、というわけですね』
 大峰のたどたどしい告白をそう要約した若島津に、相馬と女子アナの二人は顔を見合わせ た。
『はい、若島津さん。あなたの名前を聞いて、私は一つの可能性にすがろうと思いついたん です。あなたの作品を思い出して』
『ど、どういうことですか、若島津さんの作品って…』
 相馬が遠慮がちに言葉をはさむ。放送としても、フォローが必要なところだった。決死の 表情になってしまっている。
『私はその男と別れた後、一人で車を走らせました。ええ、たまらずに逃げようとしたんで す。その途中でたまたま出合った一人の人物がいます。私がその時間に東京にはいなかった ことを、その人物は知っているんです』
『その人物って…?』
『トラックの運転手さんです。たまたまドライブインのテーブルが一緒になっただけなんで すが…』
 相馬の問いに、大峰は頼りなげに答えた。と、若島津が口を開く。
『そういうことですか。私の映画のストーリーと似ていたわけですね、家族を捨てて逃げた 男のあの映画、「長距離トラックの伝説」に』
『そう、そうです。私はその人と話しているうちに映画との共通点に思い当たって、やはり 東京に戻ろうと引き返しました。その人と会ったのは、昼時です』
『ほう…』
 まさに、犯行時間。その時東京を離れていたことが証明できれば、もちろんアリバイは成 立する。
『でも、私はその人の名前も住まいも、そのトラックのナンバーさえ知らずに別れてしまっ てます。私には探しようがないんです。ですから…』
『テレビの力を借りたい、とおっしゃるんですね』
『そうです。若島津さん、あなたがそこにいらっしゃることを知って、私は勇気を振り絞り ました。娘を守りたいのです、あの子の将来を守りたいんです――』
 電話の声が震える。そこへ、別の声が飛び込んで来た。
『――お父さん!』
「うわっ、咲ちゃん、いつのまに!?」
 Fスタジオでモニターの前に群がっていた一同はそこに映し出された姿を見てひっくりか えりそうになった。さっきまで一緒に見ていたはずなのに、いつの間に抜け出したのか、咲 がいきなりオープンスタジオに現われたのだ。
 咲は電話の主に向かって、必死に呼びかける。
『お父さん、どうしてもっと早く話してくれなかったの! 私のためにそこまでしてくれて たなんて…。お願いだから早く帰って来て、逃げないで出て来てちょうだい!』
「あちゃー、なんてことしてくれるんだ、あの娘は」
 草津は頭を抱えた。
「匿名報道が水の泡だ。何より自分が困るってことわからないのか」
「でも、実名が出るのも時間の問題だったんじゃないのか? 遅かれ早かれバレてたよ」
 横井がやはり呆れながらも応じる。
「でも、捨て身よねえ」
 桜坂がため息をついた。それには誰しもうなづくしかない。
『わかりました、大峰さん、このコーナーはこれで終わっちゃいますが、この後も枠内で呼 び掛けしますから!』
 相馬はすっかり熱血してしまっていた。カメラ下で力強く合図を送っている下羽田プロデ ューサーにも力づけられたようだが。
「なんて急展開なんだ、ほんと」
 反町は一部始終を見守りながら思わずつぶやいた。
 夕方のニュース「YOU GATTA NEWS」の2時間枠はフルに使われることにな った。公共の電波を堂々と私用にするわけだが、そのニュース性のほうを重視する、という ことにどこか上のほうで急遽決まったらしい。
 通常ニュースの間、天気予報やトピックスのついで、またコーナーごとの隙間に、大峰が 覚えている小さな手掛かりを元に「証人を探せ!」告知が繰り返し流された。
 反響は大きく、断片的な情報やまた激励の意見などが次々と寄せられた。
 そして、ついに、電波の力が勝利したのである。









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