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相馬将人は確かに生番組の呼吸を心得ていた。リハーサルの時とは明らかに違う進行を、
ADの出すサインを見ながら違和感なく繋いでいく。
いわゆる美少年タイプでないのが幸いして、日常のちょっと延長、くらいの距離感がファ
ンに共感を与えるらしい。年上の女子アナとのコンビも、適度なボケっぷりで笑いを取っ
て、その人気の幅を窺わせた。
「よしよし、その調子」
『さあ、ここで特別ゲストの登場です。アメリカ映画界で活躍中のプロデューサー、若島津
健さんです!』
『どうぞ、こちらへ。こんにちは、若島津さん』
『――こんにちは』
カウンターデスクとスツールという席に若島津が座ると、会場が低くざわめいた。確かに
特別なゲストだと、会場の少女たちも納得したのだ。
『さあ相馬くん、まずは紹介を』
ゲストトークのスタイルで、コーナーは始まった。
『――ドキュメンタリー・フィクションとか、バーチャル・ドキュメンタリーとか言われて
いる若島津さんの映画の手法はハリウッドでも画期的な存在として高く評価されています。
たとえばこちらのフリップ…』
『うわぁ、これ全部受賞作品ですか! すごいなあ』
若島津も言葉数は少ないながらも、テレビ向けということは考えてきちんと受け答えをし
ている。自分がこの相馬と同じ年頃にはインタビューでの非協力ぶりでスポーツマスコミを
さんざん嘆かせていたのが嘘のような進歩だ。
『じゃあ、この後はランキングをはさんで、ゲストと生電話のコーナーです!』
そう言った相馬の顔をカメラが抜いた。その笑顔が一瞬だけ固まる。
「どうしたんだ?」
モニターの前でキュウがつぶやいた。相方のエンが、言われて画面に身を乗り出し、そし
て息をのむ。
「繋がったんだ」
「えっ?」
「生電話の、相手!」
エンが指していたモニターはオンエア映像ではなかった。調節室から、CM中として流し
ている副映像である。そこには、ディレクターから緊張した顔で指示を受けている相馬と女
子アナの姿があった。
「じゃあ、大峰さんが生電話に…掛けてきたってこと?」
真島が振り返る。スタッフの一人が、内線で上のスタジオに確認を取ってくれた。
「番組に届くFAXの中に見つかったんだそうです、大峰さんのものが。こちらから折り返
し掛けた電話が繋がって、今、生電話コーナーに出てもらう準備中です」
「来たか、やっぱり」
横井が喉を鳴らした。皆、同じ思いにうなづく。
「でもどこから掛けてるかはわからないわよ」
「携帯だと逆探知ができないとか聞いたけど?」
「そんなことはないだろ。たぶん、だけど」
口々に話しながら目は画面から離さない。CM明けから直接ランキングの画面に移ったの
で、副画像はそのまま電話の準備の様子を映し続けている。
『さあ、続いてはゲストと生電話のコーナーです。相馬くん、FAXは選びました?』
カメラはスタジオのブースに切り替わった。女子アナが相馬に振ってコーナーが始まる。
『今日はこちら、東京都にお住まいの、ええと、56才の男性の方、若島津さんの大ファン
ということでいただきました。このコーナーには珍しい年代の方ですね。さすがに幅広い人
気の若島津さんです。――もしもーし、こんにちは!』
相馬の顔に、わずかに緊張が見て取れる。
『えっと、聞こえますか?』
『――はい、こんにちは。よろしくお願いします』
低いがはっきりした声が電話マイクを通して流れた。咲の顔がぱっと紅潮する。
『ここに若島津さんがいらっしゃいますので、さっそくお話ししていただきますね。めった
に帰国なさらないので、貴重な機会ですよ。――さあ、どうぞ』
裏事情を知っている者にとってはかなりわざとらしい仕込みであったが、今回に限っては
笑い事ではない。
『こんにちは、若島津です。よろしく。FAXによると、私に相談したいことがおありだそ
うですね』
『あ、はい。ご迷惑かもしれませんが』
電話の大峰は、ちょっとためらってからゆっくりと話し始めた。
『私には一人娘がおりまして、男手ひとつで育ててきたんですが、その娘の仕事先の男から
私に嫌がらせが続いて困っておったんです』
『嫌がらせ?』
大峰の声がまた途切れる。ためらっている様子だった。
『娘を中傷するような話を持ち出してきて、この噂を流されたくなければ…とたびたび金銭
を要求するようになりまして…』
『ちょ、ちょっとそれって恐喝じゃないですか』
相馬があわてて言葉をはさんだ。
『警察に訴えないと、それは』
『何か、そうできない理由がおありなんですね』
若島津が静かに尋ねた。Fスタジオの面々も息をのんでその答えに注目する。
『その中傷が――その噂というのが、娘の生まれた時の事情、なんです。どこでどう突き止
めたのか、娘にも話さずにいた、実の母親の名前を出すと脅されて』
『えっ!?』
相馬が絶句した。
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