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「見つかった…!?」
下羽田プロデューサーが大きな声を上げた。番組終了20分前を切った頃だった。隣では
蒔田警部補が電話の受話器を握っている。相馬のコーナー終了後は、彼が大峰との通話を引
き継いだのだ。その隣にはもちろん咲がぴたりとくっついている。
「大峰さんが言ったその人なんだな。よし、映像(え)を出してくれ」
サブ画面のモニターに、どこか別のスタジオが映し出された。ネット局の一つであった。
そちらのスタッフとアナウンサーがばたばたとピンマイクを付けようとしている。
「その人か――」
下羽田だけでなく、そのモニター画面を見た誰もが感慨を持ってその人物を眺める。
『はい、こちらがトラック運転手の坂子義治さんです』
番組最後の天気予報を半分にカットして、急遽その生中継映像はオンエアされた。
アナウンサーと並んでそこに立っていたのは、体格のよい、よく日に焼けた男だった。年
齢は四、五十代くらい、ちょっとごま塩加減の髯をたっぷりとあごにたくわえている。
「突然で驚かれたと思いますが、時間が迫っているので、まずはこれをお聞きしたいと思い
ます」
『YOU GATTA NEWS』のスタジオから、メインキャスターが相手スタジオに
呼び掛ける。
「今日、あなたは東名高速のサービスエリアでこの方とご一緒されてましたか?」
『は、その人なら昼飯を一緒にとった人ですわ』
大峰竜二氏の写真が遠く関西のスタジオでモニターに映し出され、坂子氏はそれを見て言
った。
『たまたま相席になって、なんか映画の話になったんですけど、「長距離トラックの定説」
とか言う映画にワタシが似ているとかそういうことをいろいろ話しました。30分かそこら
一緒におりましたかなあ』
「よくごらんになってください。この方でしたか、間違いなく」
『ああ、間違いないです。その目尻のホクロも覚えてます』
そして、カメラとは離れた所でも別の通話が同時進行していた。
「どうですか、大峰さん。この人でしたか、お会いになったのは」
『ええ、はい、確かにこの人です。本当に、見つけてくださったんですね…。ありがとうご
ざいます』
電話の向こうで、大峰氏が大きなため息をついていた。
「他には何か、ありませんか、覚えてらっしゃることとか」
キャスターがさらに問い掛けている。
『はあ、そうですなあ。右手に、ケガをしてはりました。切り傷や言うて』
「そうなんですか、大峰さん?」
蒔田警部補がこちらでも質問する。
『はい、今朝、脅された時の切り傷です』
大峰の答えを聞いて、蒔田はさらにいくつかの質問事項を双方に伝え、それが一致するこ
とを確認した。
「結構です、大峰さん。あなたのアリバイは確認できました。あとはあの方の分の手続きが
終わればこれで問題はありません」
「あ、ありがとうございました、刑事さん、本当に…」
咲が赤い目で何度も礼を繰り返した。隣で、相馬も嬉しそうにその肩を支えている。
「おや?」
若島津がその手に目をやって、それから相馬を見やる。
「なんだ、君たち、そういうことだったのか」
「あっ、いや、そういうんじゃないんですけど…。でも、そうかな――」
相馬は真っ赤になってしまった。咲が不思議そうにその顔を振り返る。その咲に、若島津
は笑顔を見せた。
「よかったね」
「いえ、若島津さんにもお礼を言わなきゃ。若島津さんがいてくださったからこそ、父も電
話を掛けて来たんだと思います。番組にまで出てくださって」
「なに、君のお父さんが私の映画をしっかり見ていてくださったおかげだよ。それも、あん
な昔のマイナーな作品を」
ニューススタジオはまだ軽い興奮に包まれてざわめいている。若島津はそんな様子を振り
返って見渡した。
「いや、意外な展開になりましたね」
背後から近づいて来た蒔田警部補かその隣に立った。
「もう一人の遺体の身元がわかりました。川崎氏とはギャンブル仲間と言いますか、別の表
現をすると恐喝仲間です。大峰さんを恐喝していた二人が、誰もいないスタジオで密かに会
って何をしていたのか、です」
「いわゆる仲間割れ、というやつですか?」
指摘された蒔田はすぐには答えず、腕を組んだ。少し間を置いてから重い口を開く。
「まだ推測でしかありませんが、大峰さんから手に入れることになった不動産をめぐって以
前から反目があったことは確かです。とすると、言い争いの果てに川崎氏を刺したこの男が
スタジオから逃走する際に誤って高い通路から転落した。セットの倒壊も、この転落に伴っ
て起きたもの、と考えられます」
「ほう」
若島津の目が光った。
「いわゆる被疑者死亡、というやつですか」
「我々は、捜査に全力を尽くすだけですよ」
蒔田はそれだけ言って、ようやく笑顔を見せた。
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