THE PHOTOGENIC --- 8












「見つかった…!?」
 下羽田プロデューサーが大きな声を上げた。番組終了20分前を切った頃だった。隣では
蒔田警部補が電話の受話器を握っている。相馬のコーナー終了後は、彼が大峰との通話を引
き継いだのだ。その隣にはもちろん咲がぴたりとくっついている。
「大峰さんが言ったその人なんだな。よし、映像(え)を出してくれ」
 サブ画面のモニターに、どこか別のスタジオが映し出された。ネット局の一つであった。
そちらのスタッフとアナウンサーがばたばたとピンマイクを付けようとしている。
「その人か――」
 下羽田だけでなく、そのモニター画面を見た誰もが感慨を持ってその人物を眺める。
『はい、こちらがトラック運転手の坂子義治さんです』
 番組最後の天気予報を半分にカットして、急遽その生中継映像はオンエアされた。
 アナウンサーと並んでそこに立っていたのは、体格のよい、よく日に焼けた男だった。年
齢は四、五十代くらい、ちょっとごま塩加減の髯をたっぷりとあごにたくわえている。
「突然で驚かれたと思いますが、時間が迫っているので、まずはこれをお聞きしたいと思い
ます」
 『YOU GATTA NEWS』のスタジオから、メインキャスターが相手スタジオに
呼び掛ける。
「今日、あなたは東名高速のサービスエリアでこの方とご一緒されてましたか?」
『は、その人なら昼飯を一緒にとった人ですわ』
 大峰竜二氏の写真が遠く関西のスタジオでモニターに映し出され、坂子氏はそれを見て言
った。
『たまたま相席になって、なんか映画の話になったんですけど、「長距離トラックの定説」
とか言う映画にワタシが似ているとかそういうことをいろいろ話しました。30分かそこら
一緒におりましたかなあ』
「よくごらんになってください。この方でしたか、間違いなく」
『ああ、間違いないです。その目尻のホクロも覚えてます』
 そして、カメラとは離れた所でも別の通話が同時進行していた。
「どうですか、大峰さん。この人でしたか、お会いになったのは」
『ええ、はい、確かにこの人です。本当に、見つけてくださったんですね…。ありがとうご
ざいます』
 電話の向こうで、大峰氏が大きなため息をついていた。
「他には何か、ありませんか、覚えてらっしゃることとか」
 キャスターがさらに問い掛けている。
『はあ、そうですなあ。右手に、ケガをしてはりました。切り傷や言うて』
「そうなんですか、大峰さん?」
 蒔田警部補がこちらでも質問する。
『はい、今朝、脅された時の切り傷です』
 大峰の答えを聞いて、蒔田はさらにいくつかの質問事項を双方に伝え、それが一致するこ
とを確認した。
「結構です、大峰さん。あなたのアリバイは確認できました。あとはあの方の分の手続きが
終わればこれで問題はありません」
「あ、ありがとうございました、刑事さん、本当に…」
 咲が赤い目で何度も礼を繰り返した。隣で、相馬も嬉しそうにその肩を支えている。
「おや?」
 若島津がその手に目をやって、それから相馬を見やる。
「なんだ、君たち、そういうことだったのか」
「あっ、いや、そういうんじゃないんですけど…。でも、そうかな――」
 相馬は真っ赤になってしまった。咲が不思議そうにその顔を振り返る。その咲に、若島津
は笑顔を見せた。
「よかったね」
「いえ、若島津さんにもお礼を言わなきゃ。若島津さんがいてくださったからこそ、父も電
話を掛けて来たんだと思います。番組にまで出てくださって」
「なに、君のお父さんが私の映画をしっかり見ていてくださったおかげだよ。それも、あん
な昔のマイナーな作品を」
 ニューススタジオはまだ軽い興奮に包まれてざわめいている。若島津はそんな様子を振り
返って見渡した。
「いや、意外な展開になりましたね」
 背後から近づいて来た蒔田警部補かその隣に立った。
「もう一人の遺体の身元がわかりました。川崎氏とはギャンブル仲間と言いますか、別の表
現をすると恐喝仲間です。大峰さんを恐喝していた二人が、誰もいないスタジオで密かに会
って何をしていたのか、です」
「いわゆる仲間割れ、というやつですか?」
 指摘された蒔田はすぐには答えず、腕を組んだ。少し間を置いてから重い口を開く。
「まだ推測でしかありませんが、大峰さんから手に入れることになった不動産をめぐって以
前から反目があったことは確かです。とすると、言い争いの果てに川崎氏を刺したこの男が
スタジオから逃走する際に誤って高い通路から転落した。セットの倒壊も、この転落に伴っ
て起きたもの、と考えられます」
「ほう」
 若島津の目が光った。
「いわゆる被疑者死亡、というやつですか」
「我々は、捜査に全力を尽くすだけですよ」
 蒔田はそれだけ言って、ようやく笑顔を見せた。













「うわ、やば。結構こわいな、ここ」
 同じ頃に、反町はそんな台詞を吐いていた。
 大峰氏のアリバイが証明されたのを見届けてFスタジオの面々も快哉を叫んだのだが、現 場主義のジャーナリストとしては、こうなると生来の「見てみたい」病がむくむくと頭をも たげてくる。
 現場検証の邪魔にならないように、という名目で、例の設備通路から覗くことに勝手に決 める。
 スタジオのはるか頭上、天井に近い高さに通路として作られているこの足場は、歩いてみ るとなるほどかなりの高さで、慣れていない者には少々危なっかしい。
「あ、ここね」
 隣り合ったFスタジオからGスタジオへと、その通路は上でつながっていた。ドアを開い て反町はGスタジオ部分へと入る。
「う、わ!」
 一歩踏み出したその瞬間、反町は前へつんのめった。視界がぐるっと回ったのと、体が宙 に浮いたのが同時だった。
「ひっ、ひえええ…」
 アルミの手すりにしがみついて体半分逆さになりかけた体勢でかろうじて止まっている。 まさに宙吊りだった。
 体を戻そうにも、支えている腕の力がいっぱいいっぱいで下手に動けない。じり、じりっ と少しずつせり上がるしかない。
「あ、あらら?」
 そんな必死の反町の目にいきなり飛び込んで来たもの、それはきょとんと見開いた子供の 目だった。反町がしがみついているその手すり越しに、女の子が見つめている。
「何やってんだおまえは」
 腕が伸びて反町の襟首をつかんだ。そのままぐいっと引き戻されて、ようやく息を吐き出 した反町だった。へたり込んで見上げたそこには井沢の顔がある。
「こんな所で遊んでるなんてのんきなやつだな」
「全然のんきじゃないだろ!」
 安心しついでにじわじわと恐怖が蘇る。なにしろ、今日ここで転落して死んだ人間がいる のだ。
「井沢こそ、なんでここにいんの!」
「仕事だ」
「は?」
 井沢と、その女の子の顔を交互に見る。
「この子って、もしかして…」
「若島津の娘」
 言われて反射的に視線を戻す。今日見せられた写真そのままの顔が目の前にある。
「でもでも、なんでおまえが?」
「言っただろう、若島津の依頼した仕事だよ。俺は今日一日ホテルであいつの契約相手と条 件交渉をしていたんだ。で、やっと終わったんで、この子を送り届けに来たってわけだ」
「な、なんだあ、それならそうと教えといてくれたって…」
 若島津が娘の迎えを心配していなかった理由がこれで納得できた。井沢に連絡さえすれ ば、用件は両方ともそれで伝わったわけだ。
「さ、さっさと立て。若島津のところまで案内しろ」
「うう、横暴だ」
 手さえ貸してくれない相手に泣き言を言いながらようやく立ち上がる。
「これなあに?」
 若島津の娘が何かを拾い上げた。井沢がかがんで顔を寄せる。
「ビー玉だな、これは」
「なんで、そんなものがあるんだ?」
「さあ」
 井沢の言葉はあくまでそっけなかった。
「俺たちが来たほうにはそんなものはなかったと思うが」
「そう言えば2人とも、こんな高い所を平気で歩いてきたわけ? 特に、その子」
「高いのは別に構わないが、暗いのと埃っぽいのはいただけないな。この子は、下を見て喜 んでたくらいだ」
「さ、さすが健ちゃんの娘…」
「FスタジオかGスタジオだと聞いたから、とにかくそう書いてあるドアから入ったんだ。 まさかこんな所のドアとは知らなかったが、近道だと思えばどうってことはない」
 井沢は振り返って、はるか向こうに見える非常灯を指す。地下1階にあるこのスタジオだ と、この通路のドアは2階にそのまま通じているのだと言う。
「そっか、もしかして…」」
 反町はさっきのビー玉を掌に乗せてじっくり眺めた。
「事故は、作れるんだ。たとえば、暗がりにこんな物が転がってたら…。入り口を教える時 にわざとここを指示するだけで――」
 覗いて見ると、そのはるか下のセットを囲んで、警官たちがこまこまと検証に動いている のが見える。
「でも、誰が?」
 問題は、死んでしまった被害者と死んでしまった加害者がもう何も証言してくれないこと だった。









<< BACK | MENU | NEXT >>