「君は私と同じDFだよ。現役時代のあの鋭いマークを期待している
からな」
「げ、現役って…! 見上さん、私は9年前大学リーグでやって以
来、ゲームには一度だって… !! 」
一人往生際の悪い住友を、北詰がじろりと眺める。
「ほう、たったの9年…」
「私は高校以来だから10年だ」
煙の輪を一つ二つと上げながら、片桐が脇でつぶやく。
「…! 何が高校以来だ! 自分の大学のチームは鼻にもかけず、
全国の名門チームを神出鬼没の助っ人稼業で掻き回していたくせ
に… !! 」
当時、東邦学園大サッカー部コーチとして直接その被害をこうむっ
た当事者だけに、北詰の憤りももっともだった。
「時効ですよ、時効。何事も…、ね」
片桐が意味ありげに凝視すると、北詰は一瞬の間をおいて、…あ
ろうことか赤面したのだった。
「 --- なあ、おい、若島津」
返事はない。
「こりゃ、駄目だ。相当深くめりこんでら」
当惑する日向をよそに、松山は所詮他人事である。
「そう言や、こいつの親父さん、ヨーロッパの空手選手権に毎夏来
るって言ってたな…」
「岬!」
突然ガバッと若島津が身を起こした。覗き込んでいた日向と松山
はその勢いにはね飛ばされる。
「俺は今すぐ帰国する! おまえチケット手配してくれ」
「それは困るね、若島津」
すったもんだしている5人の背後から、必要以上に落ち着き払っ
た声が聞こえてきた。
「問題はあれがただの仮装ごっこではないということだよ」
「どういうことさ、三杉くん」
一人情報を握っている優越感をその口調に隠そうとしない三杉淳
に、岬が殺気立った視線を向ける。
「何か判ったの?」
「ああ、翼くん。あの決勝戦の夜、関係者一同のパーティがあった
だろう。あの場で見上さん、とんでもないこと請負ったらしいんだ」
「とんでもないこと…?」
「賭け、さ」
三杉は皮肉っぽい笑みを口元に浮かべて、前髪にすっと手をやっ
た。
「 --- 全日本シニアチームで、賭け試合をやるんだよ」
〔第一章 終〕
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