COUNTDOWN O'CLOCK






]










「一から、説明してくれる?」
 保冷車のシートの背にもたれて、岬は一人で仰向いた。
「一からでなくても解っているんだろう、どうせ君は」
「――かもね」
 保冷車はドライバーだけを下ろして、新しい拠点となるビルの前に停まっ ていた。
 天井から隣の男へと視線を移す。過激派のリーダー、ハ・ジュソン。名門 ソウル大学の学生。そしてもう一つの顔は…。
「じゃあ三か四のへんから。…いや、面倒だから九からでもいいや、もう」 「はは、君には振り回され通しだな、ミサキくん。恐ろしい奴だよ、君は」 「ボクのことはいいから。君の話だよ」
 岬に急かされて、リーダーは苦笑しながら口を開いた。
「そうだな、これは自分自身への復讐が目的だったかもしれない。財閥の長 男として生まれたこと、その役割を容認するしかなかったこと。あらゆる意 味で負い目だった。自分自身の存在が許せなかったんだ」
 岬は黙って耳を傾けていた。その目に、一瞬暗いものが走ったようだ。
「純粋に理想を追って活動している同志たちには何の弁解の余地もなかっ た。結局彼らからは距離を置くようになり、今の自分のグループを作ったん だ」
「ベンチャービジネスのほうは相当好調のようだったから、それとは別に危 険な違法行為をしてまで資金を得る必要があるだろうか、ってそれが疑問の きっかけだよ。君は資金が必要なんじゃなくて、そうやって相手にダメージ を与えること自体を目的にしてるように見えた。その理由はなんだろうって 調べてみたわけ」
「なるほどね。出会ってすぐの君にあっさりと見抜かれ、父親にも筒抜け で、とんだ茶番を演じていたわけだな、僕は」
 低く笑い声を上げて、それから目を閉じる。岬はそんな横顔をじっと見つ めた。
「九はわかったよ。なら最後の十を教えて。オリンピックは明後日開幕だ。 本当は何をする計画だったの?」
「本当は…?」
 息をついてからリーダーは目を開いた。
「開会式を爆破で破壊する、と言っていたのは嘘だよ。破壊するのは式典で も施設でもなくて、政府と財閥の間の汚い癒着の図式だ。世界に向けてそれ を告発する最高のチャンスにね」
「じゃあ、それで行けばいいよ。最初の計画通りに」
「なんだって?」
 リーダーは跳ね起きた。危うくフロントガラスに額をぶつけそうになる勢 いで。
「なぜ君がそこまで言う。テロはなりゆきでできるものじゃないんだぞ。ま して、こんな袋小路に追い詰められた状態で…」
「ボクも少し素材は揃えてるから、使えるものは使っていいよ。それに関し ては全面的に力を貸すつもりだし」
 真意がつかめずに呆然とするリーダーに笑顔を返す。
「言ったでしょ。ボクは宿題を持って来たって。もちろん最初から君たちを 調べるつもりがあったんじゃないし、こういう形で関わっちゃったのはたま たまだよ。自分の宿題とかぶる部分があったからわかりやすかっただけで。 ある意味ターゲットがかぶってるんだ」
「ちょっと待った。君はオリンピックに出るサッカーの選手なんじゃないの か。何なんだ、その宿題って。君のターゲットって、どういうことなんだ」
「だから、ボクのことはいいんだよ。君たちの計画を最後まで実行する気が あるのかないのかってこと」
 しばらく沈黙が流れた。岬をじっと眺め、一度窓の外にめをやって、それ からリーダーは心を決めた。
 保冷車のドアを開けて2人は下り立つ。
「まずはパソコンを使わせてもらえる? あの時少し触らせてもらえて色々 とわかったことがあったんだけど、その後どう動いてるのか知りたいんだ」 「どうぞ、こっちだ」
 このビルは彼らがベンチャービジネスを手掛けるそのメインとなる場所ら しかった。表向きの顔としてのオフィスは別に用意されているが、スタッフ も設備もほとんどがここに集まっているという。
「悪いけど、君のほうのラインはもう監視がついているようだから、ボクの アクセスポイントを使うね。えっと、まずは」
 案内されてパソコンの一つの前に座った岬はいつものように反町とのコン タクトを確認した。
「あれっ、何、これ」
 キーボードを打つ手が止まり、岬の顔が見る見る不機嫌になった。
「反町ってば、寝返ったな!」
 もしもし。
「しかもボクより先回りしてるって、どういうこと?」
「どうかしたのか? トラブルでも…?」
 すごい勢いでデータを拡げ始めた岬を見て、リーダーが驚く。もちろん、 離れて見守る他のスタッフたちも事情を知らされていないだけに怯えさえ走 っているようだ。
「――よし、っと。これでどうだ」
 最後のワンタッチをして満足そうにその結果を見つめる。それからやっと こちらに振り返った。
「いや、トラブルなんかじゃないよ。例の、こういうのに詳しい友達がいる って言ったでしょ。あいつが抜け駆けしてボクの宿題を勝手にいじってたみ たいなんだ。て言っても調べるアプローチが違うから、同じ山を別ルートで アタックしてるって感じかな。ボクはボクのやり方があるからさ」
「よくわからないが…。友達、じゃないのか、そっちも」
「うん、友達で共犯者でそしてライバルなんだ」
 にっこり。
 反町だけではない。その背後にいる人間も含めて合計3人の共犯者。
「とにかく結果はまもなく出せるから。南龍グループをはじめとする今回の オリンピックに関わる4大財閥とその周囲のネットワーク――オリンピック ビジネスに群がる金づるとそれをエサにして太ろうっていう内外の政治家さ んたちの逃げ道をひとつずつ断っていくんだ。追い込み漁のようにね」
「……」
 コメントしづらいところだろう、確かに。
「で、舞台は明日の…あ、今日だな、もう…開会式リハーサルに変更したか ら。リハーサルでも、世界中からのメディアが入るわけだから、効果は同じ だよ」
「――君に任せるよ」
 すっかりその人となりを納得してしまったリーダーは、もはや岬に逆らう 気はとっくに失せているようだった。









BACK | MENU | NEXT >>