COUNTDOWN O'CLOCK










 しかしちょうどその同じ頃、こちらでは平和とは程遠い騒ぎが起きてい た。
『駄目です! 関係者以外の立ち入りはできません!』
「だからぁ、緊急なんだってば! 頼むよ、誰でもいいからサッカーのスタ ッフを呼んでくれよ!」
 宿舎の入り口で、警備員ともみ合っている男がいた。韓国語と日本語で完 全に会話がすれ違っている。いや、単に言葉の問題だけではなく。
「――田島さん? あ、田島さんだぁ!」
「おっ、反町くん! あああ、助かった。どうしても君たちに伝えたいこと があってさ」
 怪しい侵入者が選手と親しげに会話を始めても、警備員の几帳面な使命感 は揺るがなかった。今度は反町ごと二人をゲートの外に押しやってしまう。 「あ、なんだ、こうすれば簡単だったんじゃん。選手の俺が出入りするのは 自由なんだから」
「ま、まあね」
 初志貫徹ならなかった田島は多少不本意そうだったが、くしゃくしゃにな った髪を手で直してから一息ついた。
「俺たちに用って、俺が代表して聞いてもいい話なんですか? なんなら日 向さんでも翼でも連れて来ますけど」
「いや、君でいいんだ。て言うか、君たち悪党4人組に用があるんだから」 「悪党はあんまりでしょ、田島さんたら」
 いつぞやの東邦大襲撃事件の時にその現場に遭遇した田島はいまだにその トラウマが残っているのか、その後も彼ら4人への警戒を緩めようとはしな かった。が、個人的に東邦の番記者を名乗っているだけに、反町にだけはか ろうじて気を許しているらしい。
「空港に来てたじゃないですか。その時に言えばよかったのに。それとも選 手村に着いた時」
「近寄れなかったんだよ、単に!」
 田島はせかせかと手帳を取り出した。モバイル機器の類いは今は手元にな いらしい。
「いいか、最初から地道に説明するから地道に聞いてろよ。俺は今日の午前 中にある選手のインタビューをすることになってた。体操女子の佐倉って子 だ。協会に連絡をした上で練習場になっている体育館に出向いたんだが…」 「いいですねえ、体操。かわいい子?」
「黙ってろって言ったろ。おまえより年上だよ。女子大生!――それが行っ てみればその子がいない。朝から来てないって言うんだ。熱心な選手で無断 で休んだりする子じゃないってことだし、これは変だぞってことになって な。何か変わった様子はなかったか色々聞いているうちに、なんと岬の名前 が出てきたんだ。岬だぞ」
「はあ、そりゃ唐突な話で」
 田島はじろっと反町を睨む。
「体操は男子女子どちらも第1陣でソウル入りしたんだが、彼女、どうやら おまえらのチームのファンで、なんでも岬目当てに空港まで行っちまったん じゃないかって言うんだ」
「すごいなあ。けど、知っての通りあいつはまだ合流してませんよ。空港に 来たって会えるわけないし、諦めて今頃戻って来てるんじゃないんですか」
「それならこんなにあわてるもんか。今もって帰って来てない! 本当に空 港に行ったのかも確認できてないしな。俺がとにかく引っ掛かってるのは、 『岬』の名前だよ。何かある! 絶対タダ事じゃない!」
「またえらく見込んでくれてますねえ、田島さんも。俺たちに関わったら呪 われる、くらいの勢いじゃないっすか?」
「――心当たりは?」
 反町の軽口は無視。既に尋問モードである。記者として先入観は禁物なの になあ…と、両親共に田島の同業者である反町はこっそり思った。
「俺はないけど。岬クンにも聞いてみないとわからないし。で、なんていう 選手でしたっけ?」
「佐倉だ。佐倉苑子。浪花女子体育大学1年」
 手帳にフルネームを書いて見せる。覗き込んだ反町が、あ、と小さく声を 上げた。
「さくら、そのこ。…その子?」
「なんだ、やっぱり知ってるのか、反町!」
 田島の目が光る。が、反町はあくまでとぼけ通した。悪党の名に恥じな い。
「いや、初耳だなあ。とりあえず誰か知ってるヤツがいないか聞いておきま すよ」
 外部から選手への電話は取り次いでもらえないことになっているので、緊 急処置として自分のメールアドレスを田島に教える。田島の分も一応教わっ た上で。
「あ、いけない。日向さんのお使いで下りてきたんだった。早く戻らないと ぶん殴られるよぉ」
「う、まあ、しかたないな、それなら」
 田島だけに、日向の名前は効き目があった。
「いいな、反町。約束しろよ。サッカーをやりに来た以上はサッカーだけや れ! いいな、武蔵の2人にもそう伝えとけ!」
 宿舎の外で田島はしぶとく念を押していたが、反町が消えて警備員とまた 一対一になると諦めて引き上げて行った。
「サッカーだけをやってたいのはやまやまだけどね…」
 階段を上っていきながら反町もつぶやいていた。
「『その子をよろしく』ってなあ。まさかこういう方向に行くなんて、あい つも反則だよー」
 困った困ったと繰り返しながら――顔はやけに楽しそうに見えたが気のせ いだろうか――反町は悪党仲間の部屋に向かって行ったのだった。









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