COUNTDOWN O'CLOCK










「かんにんな、ボクら、内緒で抜けて来たし、バレたらめっちゃまずいね ん」
「そやのうても、騒ぎ起こしたらあかんて、監督がうるさいし。な?」
 学年で言うと1年下、身長は彼らより少し小柄で、片方は短髪をつんつん と立てたヤンチャ系、片方はさらさらヘアーの坊ちゃん系、競技中のイメー ジとはかなり違って街中に普通に見かけそうなお気軽な外見の二人がネイテ ィヴの大阪弁でまくしたてる。
 マスコミに常に追い回される状況を迷惑がっているのは間違いないようだ が、それを深刻に考えているようにも見えないのはキャラクターのせいかそ れともこの大阪弁のせいか。
「それにしても…」
 よくここまで出て来られたもんだという驚きをにじませて、松山が口を開 いた。
「なんで俺たちを知ってるんだ」
「そら――」
 二人は声を揃えた。
「自分ら有名人やん!」
 有名人に言われるのも変な気分だ。
「それに、佐倉先輩を探してくれてはるんやろ? ボクらもそやねん」
 初対面でも、最初から共通点があったということになる。
「ああ、それだよ、それ。どうなってんの? 俺たち、状況がさっぱりわか らないんだって」
 身を乗り出してきた反町の言葉に振り向いて、二人はびくっと肩をすぼ め、気まずそうに視線を落とした。
「佐倉先輩のことは、ボクらちょっと責任感じてて…」
「先輩?」
「ああ、去年ボクら1年の時、佐倉先輩は同じ学校の3年やったんで」
 ちなみに関西有数のスポーツ名門校である彼らの高校は、この二人組の人 気によってさらに全国的に名を広めてしまったのであるが。
「先輩、去年くらいから岬くん岬くん言うて大ファンで、代表に入った時も これで一緒にオリンピック出られるて、そらアホみたいに喜んでたくらいや って」
「一緒言うたかて、競技も違うし、会えるかどうかかてわからへんのに」
「でも、岬くんの代表入りはずっとはっきりしない状態だったはずだけ ど?」
「ああ、うん。そやねんけど」
 三杉の問いに、二人はまた口ごもって反町にちらっと視線を投げた。
「何だよ何だよ、俺が何!」
 さすがに気になって反町が詰め寄る。すると大江のほうがきまり悪そうに 口を開いた。
「――先輩があんまり浮かれてるもんやから、ちょっとからかってやろて、 ボク、雑誌の切り抜きを渡して、岬くんが試合に出てるって言うてもたんで す」
「それをまたころっと信じてしもて、先輩」
「ははあ」
 二人の告白を聞いて、松山がにやにやと隣の反町を見やった。
「そういうことか。どうやら目があまり良くないな、その佐倉さんって」
「しかも単純な人で、もう…」
 大江は頭をかいた。
「反町くんのことを岬くんやて信じて、そらもう一生懸命応援してました、 アジア予選の間とか。ボクら、今さら違うて言い出せんよなって」
「それはそれで当たらずと言えども遠からず――」
「こら、光。それを言っちゃだめだって!」
 必死で服を引っ張る反町だった。ジャカルタでの試合はあくまでオフレ コ。
「顔はともかく、名前からわかることだよね、今回ソウル入りした中にいる かいないかは。もしかして…」
「そうなんや」
 三杉の言葉に大江は暗くうなづいた。
「ここまで来てやっと気づいたて言うか、新聞のリストを見て驚いてたって 聞いて、ちょうど心配してた矢先にこんなんなってしもて。――すんませ ん、ボクら反町くんにも謝らなあかん」
「まあまあ、それは気にすんな」
「おまえが言うな!」
 松山に怒鳴ってみても、結局は自業自得。三杉がさらに尋ねた。
「空港に行ったというのは確かなのかな」
「たぶん」
 樫と大江は顔を見合わせた。
「まあ、カンやけど」
「手掛かりが他にないならそれを調べるしかないな」
 カンなら誰よりも定評のある松山が心から納得したようだった。
「一緒に探してくれはったら、何とかなると思うし――お願いします!」
「ま、まあね」
 反町は力が抜けそうになるのをこらえた。
 こちらの3人だけでも極秘行動は難しいというのに、さらにこんな渦中の ペアが加わったらどうなることか。それを自覚していないというのがコワ イ。まさに時限爆弾のようなものではないか。
「ええと、ほんで悪いけど、もういっぺん確認させてくれん? 自分が反町 くんやな? んでこっちが松山くんで――あれ? それとも三杉くんやった っけ…?」
 実は目が良くないのはこちらのほうもいい勝負だった。












「岬くんの? ほんとなの!?」
 ロビーに大きな声が響いた。
 ちょうど通りかかった一団がその声に振り返って驚いている。他競技の選 手たちだが、ひそひそと囁き合っていく。こちらが誰なのかわかったに違い ない。
「まあ待てって、翼」
 メールの存在を伝えてくれたレセプションの担当者と言葉を交わしてから 若林はその紙を受け取った。飛びつくようにして翼がそれを覗き込もうとす る。
「発信者は岬になってるな、確かに」
「――でもこれ、なんなの?」
 拍子抜けしたように翼は若林を見上げた。そこにプリントされた文字はほ んの数行。しかも意味がわからない。
「メールが来てたんだよ。日本選手団のアドレスに、外部から届いたメール がうちのチーム宛てだったから、今渡してくれたんだ」
 宛先はなるほどサッカー日本代表チーム宛てになっていたが、メールのヘ ッダを見れば、その中の一人を特定して宛てたものだということがわかる。 「――なんで反町くん?」
「さあ…。今の話だと、岬からのメールが届いたのはこれで2通目らしい ぞ。最初のメールはもう本人に渡してあるそうだ」
「いつこっちに着くとか、そういう連絡かと思ったのに。なんで電話とかに しないでメールなんだろ。話ができないよ、こんなじゃ」
「そうだな」
 若林は眉を寄せた。翼の正直な意見だったが、言われてみれば妙な話であ る。チームとして待っている連絡をさしおいて意味不明なメールをよこす意 図がわからないのだ。
「そいつらのやってることには関わらないことだな」
 いきなり背後から声を掛けられて、さすがの若林もどきりとする。気配を 消せるのは修行の賜物かもしれないが、この若島津の場合、日常にまでそれ を発揮してしまうのが問題なのだ。
「でも若島津くん――」
 翼は驚くふうもなく顔を上げた。
「心配だよ。またこの間みたいに危ない目に遭ってたりしたら…」
「いや、俺たちにはどうせ意味不明だし、関わろうとしてもとばっちりを食 うだけだからな」
 東邦の一員として、彼もまた実害を受けているのだ。
「やつらはさっきも部屋でごそごそしてたし、何かをやらかしていてもおか しくないな。自力でなんとかする気なんだろう。――いや、絶対になんとか してもらうさ」
 言葉に重みがあった。まさに体験した者だけが知る重みだ。
「でも、時間があまりないよ?」
「そうだぞ、もうソウルに来ちまってるんだ」
 若林が口をはさむと、もう話は終わり、というように若島津は背を向け て、階上に続く吹き抜けの階段へと向かって行ってしまった。
『――種目別の跳馬はD難度の採点方式が団体戦とは異なってます。メダル に届く加点要素を、その子に確認しておいてください。――岬』
 翼はもう一度紙に目を落としてメールの文を読み返す。
 体操の話がどうして岬くんと関係あるのか…。
 翼が納得できないでいるのはそこだった。しかもそれを反町に送るのは何 のためなのか。
「おい、集合だぞ、何してる」
「あ、はい」
 階段を上りかけていた若島津が上からの声に応える。吹き抜けの上で怒鳴 っているのは日向のようだった。
「反町たちはまだか。出かけて来るってコーチに言って、それきりらしい が」
「…まだのようですね」
 そう上に向かって答えておいて、若島津は階段の途中からくるりと振り返 った。その目に、うんざりとしたような色が浮かんでいる。
「ほらな」
「――うん」
 その一言に、翼はため息と共に同意するしかなかった。









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