COUNTDOWN O'CLOCK






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 模範タクシーはその名の通り、実にきっちりと空港に到着した。料金は割 高になるが、それでも日本のタクシーよりはるかに安いあたり、日本の国土 交通省にはちょっと文句を言いたくなるところだ。
「なーるほど、あのルーフランプの色が違うんだ。俺たちのは黄色だった ろ。あっちのは白いもん」
「車種もこっちのほうが大型車だったしね」
 予習不足を反省したところで、まずは自分たちが着いた第2ターミナルか ら調べることにする。
「とりあえず呼び出しを頼んでみよう」
「ま、ね。スリルはないけど、しかたないか」
 こういう時にスリルを求めることを優先させてはいけないと思うが。
「英語と日本語でお願いできますか。彼女、韓国語はわからないと思うんで す」
 総合案内所の女性は三杉の言葉通りにメモを取って、さっそく呼び出しア ナウンスを繰り返してくれた。しばらくその場で待ってみるが、どうも誰も 名乗り出てくる様子はない。
「もしかして、もう一つのターミナルかも」
 彼らの乗って来た便が到着してからかれこれ3時間は過ぎている。出迎え に来た人間がそう律儀にここでじっとしているとは普通に考える限り思えな い。
「じゃ、僕はもう少しだけここで待ってみるから、君は先に行って向こうで アナウンスを頼んでおいてくれないか。行き違いになっても悲しいからね」
「おっけー」
 あっさりと引き受けて反町は元気よく出て行く。建物を出てすぐの所にタ ーミナル間を結ぶ無料シャトルバスがあると教わったのでその通りに移動す る。
「あのー」
 カウンターの前に立って声を掛けようとしたら、案内所の制服のお姉さん はこちらが何も言わないうちにパッと笑顔になった。
「あら、戻って来たんですね。落し物は無事に渡せましたよ。とても喜んで いらっしゃいましたわ」
「はぁ?」
 反町は一瞬ぽかんとしたが、すぐに閃いたようだった。
「俺じゃないけど、その俺、誰だった? 光? それとも、まさかの岬く ん?」
「えっ。えっ…?」
 ぐっと顔を近づけられて、お姉さんはあせりつつ身を引いた。
「さっきの人じゃないんですか? えっ、ほんとに? でも確かにパスポー トを拾って届けてくれて――きゃっ?」
「どうかしたのかい、一樹」
 お姉さんの顔色がさらに変わった。反町の背後から、もう一人現われたの だ。そう、同じ顔が。
「岬くんが…」
 話を聞いて三杉は考え込んだ。
「僕たちと同じ頃、彼はこっちのターミナルに着いていた、ってことになる のか」
「連れはいませんでした? 女の子」
 反町がさらに迫るが、お姉さんは首を振るばかりだった。
「いーや、絶対に一緒だったはずだ。あいつ、メールで知らせてたはずだも ん」
 つぶやいた反町の肩に手が置かれた。
「詳しく教えてくれるかな、一樹?」
 案内所のお姉さんをこれ以上怯えさせるのもいけないので、呼び出しアナ ウンスは取りやめてカウンターを離れる。が、三杉は反町を脇へ引っ張って 行った。口調が低くなる。
「君と岬くんは一体何を示し合わせていたのかな。僕の知らないところで」 「あっ、淳…、そんなに迫んないで」
 通りすがりの人たちが一瞬ぎょっとするが、頭を寄せ合っている二人がそ っくりな顔同士なのを見るとわけもなく安心してまた通り過ぎて行く。若い 女性グループが少し離れた所からくすくすと嬉しそうに囁き合っていたりす るが、とにかく三杉はそんなことにはまったく構わず、額と額がくっつかん ばかりの相手に向かってにっこりと笑ってみせた。
「素直に彼が合流するとも思っていなかったけど、君までが手を組んでそう いう真似をしていたなんて、僕はちょっと悲しいな、一樹」
「だからぁ、何度も言うけどさ――」
 締め上げられた襟元を必死で緩めて、反町は情けなさそうに笑い返す。
「俺は、太郎ちゃんの指示通りにデータを送ったり中継してたりしただけ で、それが何に化けるかまでは聞いてないんだって」
「聞いていなくても君のことだ、黙ってそのまま従っていたとは思えない ね」
 いつになく強気な三杉だった。
「最初から、正直に、話してもらうよ」
「え〜、最初って。――そりゃ佐倉さんの間違いメールがきっかけだったか な」
 反町はしぶしぶ話し始めた。
「メールのファンレターが届いたけど心当たりのないことが書いてあるっ て、岬くんが問い合わせてきたんだ。出てない試合でプレイしてることにな ってるけど、どういうことだ、って転送して来たんだ」
「樫くんたちにかつがれて佐倉さんが信じてしまったって、あれだね」
「そうなるな。あいつは差出人の名前までは伝えて来なかったから、俺は佐 倉さんって人からだってことは知らなかったんだ」
「でも変じゃないかな。岬くんにメールを送るなんてことが普通の人にでき るのかい? 君みたいな人間は別として」
 居所を明かさない、という岬の主義は、当然ネットの世界でも同様だっ た。普通ではない、と三杉も太鼓判を押す反町にしても、岬が指定してくる ダミーのアクセス先を利用しているに過ぎないのだ。
「それが、意外な穴があったって言うか、女の子の一念はスゴイって言うか ――」
 反町が説明するところによると、世界各地の大学を結ぶネットワークは政 府機関や企業に比べてごく初期の頃から作り始められていたせいで、どこか の大学から別の大学へとダイレクトに繋がれているばかりでなくいきなりそ の奥深くまで入って行けることが多いのだと言う。
「佐倉さんはソルボンヌにアクセスして、単純に岬太郎って名前を検索した だけらしいよ。別に深い考えがあったわけじゃなく、むしろそれしか思いつ かなかったんだと思う。ソルボンヌに記録されている岬のデータ、つまりは 一般の学生と同じような学籍上のデータの基本的なところがヒットして、い わゆる記録上の『岬太郎』に接触できたってわけ」
「本体はつかまらなくても、記録だけは大学にあるわけだからね」
 三杉もからくりが読めたようだ。
「じゃあ、岬くんがそのメールを見つけて自分から反応したってことになる よね、わざわざ。理由は?」
「そりゃ、ファンは大切に――って、冗談だってば」
 三杉の反応を見て反町はあわてて手を振り回した。
「あいつは、チームに合流する前にもう一つだけどうしても片付けておきた いことがあるって言ってた。彼女を、それに利用できるって思ったんだよ。 もちろん、何かに実際にかかわってもらうんじゃなく、そのカムフラージュ になるような単純な役目だけど」
「もう一つだけ? それは翼くんに関することかな。僕がつかんでる話と同 じかどうか知らないけど」
 三杉にも心当たりがあるようだった。
「まあそんなとこだな。要するに囮メールを送るための相手として、彼女の 名前を使ったんだ。例のやつ。俺はその仲介役のふりをして実際には受取人 なわけ」
「じゃあ、あのメールの文面はどういうことだったんだい? 覗かれること を前提にしているってことは暗号になっているんだろう」
 反町はたじろいで一呼吸置いたが、結局隠すことは諦めたらしい。
「『その子』って名前が、岬が前もって俺に送って来てたファイルのことで さ、あいつが最終的に押さえたデータと突き合わせて最終的なチェックをし ろってGOサイン」
「最終的? つまり、岬くんは調査のターゲットに関するデータを全て揃え たって意味かな」
「うん、今の時点でははっきりとはわからないけど」
 建物の外に出るとちょうど西日が当たって、反町はまぶしそうに目を細め た。
「その最後のデータだけは自分で直接持ってくってことだったから、俺はそ れを待ってるわけ。いつになるかもわからずに」
「まったくあきれた秘密組織もあったもんだな」
 三杉も追いついてその隣に並ぶ。
 そして、突然、目が合ってしまったのだ。ちょうど向こうから歩いてきた 地味な服装の男たちと。
「何?」
「さあ…」
 2人を前にして、男たちは思い切り動揺している。ひそひそと囁き交わし ながらこちらの反応を窺っている様子だが、見覚えも心当たりもない上にそ の言葉もわからない。
 2人がただ無反応なことに男たちも戸惑っているようで、そのうち、一人 が怒ったそぶりで食ってかかり始めた。
「もしかしてこれって…」
 それには無関心なまま、2人は顔を見合わせた。
「ああ、これも岬くんの置き土産のようだね。何かこのおじさんたちを困ら せるようなことをしたらしい」
「代わりに謝る気はないけど、とりあえず話を聞く?」
 反町は周囲を見回して、制服姿の空港職員さんらしき人を発見、手を振っ て合図しようとする。が、その瞬間、男たちは目をみはる素早さで散り散り に走り去っていってしまった。
「…あら?」
 上げかけた手も途中で止まったまま、反町はぽかんとする。
「何だったの?」
「わからないけど、警察には会いたくない関係の人たちのようだね。君が合 図した人、あれ、軍人だよ、空港のセキュリティの」
 2人の視線に気づいて、その制服姿の方が近づいて来た。
「どうかしましたか?」
「いえ、何かここで何人かのグループに取り囲まれかけたので…。今、逃げ て行きましたけど」
「もしかするとひったくりか何かかもしれませんね。ここ数日かなり被害が 出ていますから、どうぞご注意を」
「そうなんだー」
 案外親切に答えてくれた警備の軍人を見送って反町は目を丸くした。
「岬くん、一体どういう顔見知りを作って行ったんだろうね。空港に着いた 瞬間からいろいろやってくれたようだし」
「俺たちとやっと会えるのが嬉しくてテンションが上がってるんじゃない の、らしくもなく」
 それ以外特に収穫のなかった二人は、また第2ターミナルに戻って松山た ち3人を待とうと、再びシャトルバス乗り場に向かった。が、次の瞬間に足 が止まる。
「――地震!?」
「いや、違うな」
 重い地響き。続いて轟音が耳に届く。
 周囲を見渡して、三杉がつぶやいた。表情はあくまで冷静だが、声に緊張 がある。
「爆発音だ、あれは。どこだったんだろう」
 ターミナルのどこか反対側のほうでサイレンがけたたましく響き始めた。 さっきの親切な軍人さんも含めて、空港職員たちが顔色を変えて走って行 く。
「墜落事故? それとも……爆弾テロ?」
 他の乗降客たちも騒ぎ始めた。どうやら国内線のある第3ターミナルあた りらしい、との声が上がっている。
「ねえ、淳」
「ん?」
 2人は静かに見つめ合った。
「これも太郎ちゃんのしわざ、じゃないよね?」
「そう願うよ、心からね」
 空港はまさに騒然となっていった。









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