COUNTDOWN O'CLOCK










「樫くんと大江くん?」
「そう、私の高校の時の後輩やってんけど」
 中継車の中で、佐倉さんが今回のいきさつを話していた。
「知らないのか、おまえ」
「だって、さすがにそこまでは…」
 もちろん岬も成績などのデータとしては男子体操の活躍は知っていた。 が、いわゆる高校生コンビとして異様なまでの大ブームを巻き起こしている ことについては興味の範囲外ということだったらしい。
「ついでの余波が俺たちのほうにも来てるんだぜ、同じ高校生として」
「バカだなあ」
 岬はその一言で片付けた。年齢と実力は無関係、というのを身を持って実 証してきた彼だけに、相変わらずの日本スポーツ界の体質をそう言い切って しまうのも無理はないかもしれない。
 いわゆる長年の「常識」を打ち破った存在としてのブームなのだとした ら、自分たちも含めて単なる物珍しさからの人気で終わらせるわけにはいか ない――その思いは岬には特に強かったに違いない。
「2人とも、そんな人気がどうとか全然感じへんほど、ふっつーの子らやか ら、平気でそんなん言うてヒトだましたりするんやわ、ほんまにもう」
 憤慨のあまりつい地の言葉遣いになっている佐倉さんであった。熱のせい でテンションが高かったのかもしれないが。
「ボクはそんなに似てるって思わないんだけどなあ。ねえ、松山」
「身近にいる人間には当然だろ。でも案外よそから見ると十把十からげなも んだぜ」
「そ、そんな意味と違いますよぉ!」
 こちらはこちらでそっくりさんペアとなっている2人の会話に佐倉さんは あわてて言い訳した。
「テレビで試合見て憧れてただけやし、まさか本人に会えるとか、そんなん 全然考えてへんかったし…」
「直接会ってもわからなかっただろ?」
 松山はにやにやとからかった。
「あんたは悪くないって。そもそも一樹のやつが悪いんだ。岬のモノマネが 趣味になっちまってんだから」
「そうだよ、ボクも全然気にしてないから」
 岬までそらとぼける。佐倉さんはちょっと顔を赤くして抗議した。
「み、岬くんもけどひどいですよぉ。メール送った時点で私の勘違いやて言 うてくれはったらよかったのに!」
「ボクも趣味なんだ。反町のモノマネに付き合うのが」
「嘘つけ、おまえのは実益だろうが。あいつを影武者にしておいて」
「まあ、そういう面はあるかな」
 悪びれない岬をぽかんと見つめてから、佐倉さんは松山を振り返った。
「ねえ、岬くんて、ほんとにこういう人やったの? なんやイメージと全然 違う!」
「こういう奴もこういう奴、もうたまんねえくらいこういう奴さ。味方でよ かったってつくづく思うよ、俺は」
「その反町さんて人も、じゃあ、こんな?」
 かけてもらっていた毛布を畳みながら、佐倉さんは尋ねる。具合はまだあ まりよくないが、移動となればしかたがない。
「まあ大同小異ってとこだな。俺の苦労がわかるだろ?」
 松山が胸を張る。理由はよくわからないが。
 岬が呆れたように振り向いた。
「バカ言ってないの。君は大切な役目があるんだからね」
「ああ、そうだったそうだった」
 中継車の後部ドアを開いて、佐倉さんに手を貸す。そこにはリーダーとあ と2人の男が待っていた。
「用意はできたかな。今度はこちらに乗ってもらうよ」
 彼らが指差したのは白い小型バンだった。ボディに何か大きな文字がデザ インされている。
「ケータリングの配達車だ。よく工事現場の作業員が食事の配達を頼む店で ね」
「なるほどね」
 岬がうなづいた。
「行き先はこの近くの工事現場だ。日本選手団のほうへはもう連絡して、そ こで引き渡すことになっている」
「ちゃんと迎えに来るって? 警察にも黙って。本当かな」
「本当でないと困る。それが条件だからな」
 リーダーはきっぱりとそう答えると、隣の男たちに指示を出した。この男 たちが配達員役らしく、先に乗り込んでエンジンをかけた。
「じゃあ佐倉さん、気をつけてね。帰ったらすぐお医者さんに診てもらうん だよ」
 岬はにっこり笑顔で松山と佐倉さんに手を振った。2人はうなづいてバン の中に乗り込む。
「岬くん、大丈夫かしら」
「あんたが気にすることないって。それよりちゃんと迎えが来るか心配した ほうがいいぞ」
 ケータリングのバンはテレビ局の中継車ほど大きくはない。機材などはな いが、二人でギリギリという狭さだった。もちろん外が見えるような窓は車 体にはまったくない。運転席側の覗き窓が唯一の光源だった。
「そやなくて。岬くんがこれ以上危ないことしはったらどうしよ、って」
「それは俺も同感だが…」
 松山は暗がりの中でにやっと笑った。
「でも俺にはどうせ止められっこないからな。だから心配はしないことにし てんだ」
「すごい〜。悟ってはるねえ」
「まあ、これだけ長く付き合ってるとな。それに、俺の相棒で慣れちまった からな」
「え?」
 佐倉さんはさらにお仲間がいることは知らないのだった。
 夕闇がだんだんと迫ってくる時間。漢江に架かる蚕室大橋まで、あとわず かに迫っていた。









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