「シュナイダーさんの妹? あの子が?」
「たぶん、間違いないです」
駅まで戻って来た二人は、さっそく聞き込みを始めた。ようやく日常会話に不自由しなく
なってきたしづさんのドイツ語が駆使される。
「えっ、車に…!?」
「何かしきりに話し込んでいたみたいで、その後車に乗せられて行ったそうだから、誘拐と
かそういうのではなさそうね」
「どっちへ行ったんだろう、その車」
「あのね、ケルンナンバーの立派な車だったそうだけど、草刈りをしていたおじさんの話だ
とこのへんでは時々見かける車なんですって」
ではその持ち主を訪ねて行けばいいのでは、と二人はバスを探すことになった。
「大丈夫なのかな…」
森崎はつぶやきかけて、そしてぎくっとしたようにしづさんを振り返った。
あの形のない悲しみが、したたるように強く響いてくる。この場所からではない。つない
でいるしづさんの手からである。
その手を、森崎は思わず力を込めて握り締めていた。
「どんな話をしましたか、電車の中で」
「そうね」
そんな森崎の緊張を知るはずもなく、しづさんは乗り込んだバスの車窓を眺めながら、相
変わらずゆったりと首を傾げる。
「恋の話、とか」
「はあ」
「反対されて悩んでるうちに、相手のほうが姿を消してしまったそうよ。その後、結婚する
話を人づてに聞いて、それで思い余って追いかけてきたみたい…」
うねるように続く丘陵地帯。その斜面を緑で埋め尽くしているのはブドウの木の列だっ
た。棚には作らず、きちんと正確な線がその地形に沿ってどこまでも伸びている。この一帯
はワインの名産地なのである。
バスは、峡谷の道路をぐるっと隣の駅まで結んでいた。マリーはおそらく偶然会ったしづ
さんを頼るように、不安な心を抱いたまま一つ手前で一緒に降りたのだろう。このバスを利
用すればどちらの駅からも行けるのは確かだった。
「――ここですか」
やがて二人が降り立ったのは、そんなブドウ畑に囲まれた川沿いの集落の一つだった。駅
前で教わった通りに、そこからは徒歩で問題の屋敷を目指す。
「このへんでも古い家柄の地主なんですって。ケルンのほうで大きな会社を持っていて、こ
こは今一族の別宅って感じなんだそうよ」
「大きな家ですねー」
門と呼べるようなものはなく、簡単な石塀が木立に埋もれながら道路を敷地内へと導いて
いる。かつての馬車時代にはこれがいわゆる車寄せだったのだろう。
「中はまだずっと奥になってるなぁ」
「ここが、その恋人の実家ってことになるのかしら。すごいわねえ」
二人して感心ばかりしていてもしかたがない。
「一応、正攻法で行ってみますか」
「そうね、受付があるといいんですけど」
その車寄せから敷地へと入りかけた時、ちょうど中からシルバーの大型車が滑り出てき
た。
「なんだね、君たちは」
ウィンドウを下ろして顔を出した男は、じろじろと二人を睨みつけた。
「私たち、人を捜して伺ったんです。マリーっていう女の子なんですけれど…」
「そんな者はここにはいない。さあ、出て行きなさい」
男の態度には有無を言わせぬ迫力があった。車が走り去った後も、二人は顔を見合わせる
ばかりだった。
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