ザ・プロミスト・ランド





◆EPILOGUE◆









「ふうん、『いなばやま』って言うの。あの百人一首の?」
「そうだよ」
 遠野がにこにこうなづいて自分のファイルを得意そうに見せた。
「これはね、猫がね…」
「うふふ、健兄、それなら歌ってもよかったかもしれない」
「え、どうして?」
 説明を中断された遠野がびっくりしたように聞き返した。
「昔、うちではお正月にいつもかるた取り大会をしていたの、道場の人たちも 集まってね。でも私と健兄はまだ小さいもんだからほとんど取れなくて、取れ る札は決まってたのね。で、健兄は『たちわかれ…』だったの。いつもそれ一 枚。私でも2、3枚は取ってたから、つまりいつもビリだったってわけ」
「道理ですぐ飲み込んでくれたわけだ、歌詞の説明した時に…」
 遠野が独り言を言っている。
「罰で、墨塗られたり振袖着せられたり、毎年かわいそうだったけど、その歌 は間違いなく健兄の持ち歌ってことね」
「ふ、振袖?」
 話の輪の外で、日向が一人変な顔をして黙り込んでいた。
「まさか、な」
 微かに記憶が蘇る。いつかの元日に、グラウンドで一人ボールを蹴っていた 時、土手の上に晴れ着の女の子が仁王立ちになって遠くからじっと自分を睨ん でいたことがあった。綺麗で、でもなんとも勇ましくて、そして不敵な目で。 「そいつは大変な家だなあ。健くん、でも似合ったんじゃない? 写真とか撮 ってないの?」
「無理。撮ったところで怒ってネガごと全部破いちゃうんですもの、健兄は」 「そりゃ残念。あ、でもこれは彼にはオフレコね。また怒らせそうだ」
 綺麗なのはともかくあの不気味な怒りっぷりを目撃してしまったメンバーた ちは急いでうなづく。
「そうだよな。まさかだよな」
 日向もそれ以上考えないことにした。今さら本人に尋ねるわけにもいかない ようだし。
 代わりに、彼が思い浮かべたのはさっき見た夢のことだった。ぼんやりと見 えた白い服の子供。昔の若島津にそっくりだった、とも思ったが、さあ、どう だっただろう。
「まあ、夢だからな。そんなもんだよな」
 その夢の中で言ったのと似たような言葉をまた繰り返している。
「無理に起こすのもかわいそうだから…」
 勢至が振り返って日向を見た。すぐにもたたき起こしてしまうのでは…と心 配しているらしい。
「わかってる」
 日向はむすっとそう答えた。しかし怒っているようでもない。横でみのりが 袖を引っ張った。
「いいとこあるわね、日向さん。健兄をよろしくね」
「ああ? なんだ、そりゃ」
 じろりと見下ろす日向に、しかしみのりが動じるわけもない。代わりに、あ の貴重な笑顔で応える。
「健兄にはやっぱりサッカーやってるのが似合うもの」
「当然だ」
 こればっかりは自信満々に応える日向だった。









 階下のスタジオ。
 ジャージ姿の上にさらに日向のジャージを掛けて、若島津は静かに眠ってい る。
 夢を、また見ているのだろうか。





【 おわり 】








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