ザ・プロミスト・ランド










 問答無用で剛は仲間のいるスタジオに連行された。
「へえ、剛の妹さんか。かわいいなあ」
「どうも、こんにちは」
 帽子をとって、みのりは丁寧に挨拶する。
「君もいろいろ大変だったね。わざわざここまで来てくれたんだ」
 久々の再会のはずの剛そっちのけでみのりの周りに集まってくるあたり、男 というのは正直である。
「いいえ、剛兄と健兄がご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。よーく言 って聞かせますから」
「まったくだよ、盗み聞きするくらいなら最初から素直に顔出せってんだ。ス パイじゃないんだからさ」
 裄広は横目でじろりと睨んでみせた。スパイされたのが自分の曲だっただけ に、納得できないのだろう。
「そんなあ、盗み聞きなんかじゃないって。俺、カメラ持ち込みたかったん だ。ドキュメンタリーにしたくてさ」
「なんだって?」
 またいきなり話が飛躍し始める。剛に関しては今さら珍しいことでもないの だろうが。
 みのりに横目で促されて、剛は出前の岡持ちのふたを開ける。中にはビデオ カメラがごろりと入っていた。
「な、なんだぁ? ビデオ?」
「俺、音楽をやめたら制作のほうに行くつもりだったんだ。テレビとか映画 の、そっちだよ」
「制作プロデューサーってやつか」
 勢至が、こちらも冷たい目で見下ろしてくる。
「用祭さんに渡した名刺は本物なんだぞ。俺、就職頼んで見習いをさせてもら うんだから。で、手始めに今度のみんなのレコーディングを映像にしようとし たんだ」
「名刺って、用祭さん――ちょっと、話が違いませんか!? 地方でロケやって たなんて話、あれもしかして出まかせだったんですね?」
「それに、出前のタイミングも変だと思ったんだ。剛からの電話をまっ先に取 ったのも、全部偽装の手伝いだったんでしょ」
 遠野はにやりと用祭氏に視線を投げる。
「ははは。悪かった悪かった。剛くんに頼み込まれてアリバイ作りに協力した んだよ。メイキングものの映像ってのも後々プロモとかに使えるしね」
「なんて人だ、もう」
 加西ディレクターは本気で呆れていた。レコード会社でのキャリアも長く、 それなりの地位にいる人物だというのに、こんな子供じみた共犯者を演じると は、である。
「剛くんは、でも結局参加したくなったんだよ。あのマイナス・ワンの『いな ばやま』を持ち出して、自分でボーカルテイクを録音したんだ。ま、これは私 にも連絡なしだったから驚いたがね」
『そうか、じゃあ、あれやこれやの怪奇現象の正体は全部おまえのイタズラだ ったってわけだな、剛」
 びしっと指を突きつけた裄広に、剛は照れ笑いを返した。
「意図してのものばかりじゃなかったんだけど、結果的にそうなっちゃった ね。怖がらせるつもりじゃなく、俺が自由に動けるようにみんなの注意を逸ら すのが目的だったんだ。ほら、椅子を倒したりしたのとか」
 モニター室で床が濡れていたのは、剛が置いたアイスキューブが溶けた跡だ ったのだ。パイプ椅子を壁に立て掛けて氷で支えさせる。溶けたところで椅子 が倒れるという仕掛けだったのだ。
「いやあ、あそこまで怖がってくれるとは思わなかったよ。で、その間に、俺 は掃除のおばさんに変装してまんまと楽器を運び出せたってわけ」
「じゃあ、俺たちが勝手に怖がったのが悪いって言いたいのか? のっけにあ の停電だろ、そいで再生したらあの声だろ、あれで一気に怪奇モードになった んだからな、ほんとに」
「あの声は俺じゃないよ。停電も」
 剛の発言に、一同は凍りついたように黙り込んだ。
「ほんとだって。そんな高度なこと仕組む暇があるもんか。でもみんながそれ で騒いでたから、俺、聴いてみたくなってさ。で、聴いてるうちになんかワク ワクしてきて、俺もやっぱり歌ってみたくなったんだ」
「ワクワクするなって!」
 叫んでも無駄というものである。
「じゃあ、あれだけはほんとに本物…?」
 加賀美が暗い顔になる。信じたくないのはやまやまなのだろうが。
「まさか、剛、あの声が入ったまま出すって言うんじゃないだろうな。冗談じ ゃないぜ」
「えー、貴重じゃないか。けっこうきれいな声だしさ。適当に『バックグラウ ンド・ボーカル:特別ゲスト』とでもクレジット入れとけば、聴く人も怖がら ないんじゃないかな」
「そんなわけあるか! 幽霊が特別ゲストなんて」
 もう大騒ぎである。
「なあに、それなら健の名前を使えばどうだ? ゲスト参加させるってあれだ け言っちまったんだし」
「――ああ、そう言えば」
「こら、遠野、納得するな! 健くんがかわいそうだろ、そんなの。幽霊の代 役なんてさせられるか」
 裄広と加賀美が抗議するのを見ながら、加西ディレクターはため息をついて いた。
「こりゃいくら時間があっても足りそうにないな。これでフヒト君が来たら、 ますます賑やかになるだろうし」
「なに、それが剛'S クルーらしさってもんだよ。まあ、そのらしさをさらに打 ち破ってくれるともっと面白いがね」
 実は単なる野次馬になりきっている用祭プロデューサーであった。
「そう言えば、健兄はどうしたのかしら? 日向さんも捜すって言って行っち ゃったきり…」
 みのりが伸び上がるようにして廊下のほうを振り返った。
「剛と顔を合わせたくないだけじゃないのか?」
 勢至は、この兄弟の関係はある程度達観しているようだ。遠野も同感、とば かりにうなづく。
「健くんは怪奇現象の正体に一番に気づいてたわけだよな。『幽霊』が知り合 いらしいって言ったの、剛のことだったんだ」
 いや、一般人にはわからない事情がいろいろと。
「彼なら、下で見かけたからさっきそのへんを見て回ったんですけど、全然見 当たらなくて…」
 例のエンジニア氏だろう。人垣の向こう側から報告がある。
「いや、いるぜ」
 別のほうから声がした。開いたドアの外、廊下に立って日向が覗き込んでい る。
「――日向くん!」
 場違いなのを多少気にしているのだろう、彼にしては遠慮がちに手振りで階 下を示す。
「見つかったの?」
「ああ、あいつ眠ってるんだ。下の部屋のソファーで」
 とりあえずそのままにして知らせに来た、と日向は言った。実は自分も一緒 にちょっとうたた寝してしまっていたみたいで、というのは黙っていたが。
「そうか、そうだろうな。疲れてるのを無理させちゃったしな。気の毒だった よ、彼には」
 加西ディレクターはまたため息をついた。この人も相当気の毒な人である。
「歌わずにすむんなら、でも健兄は喜ぶわね」
「だろうね」
 勢至も多分に同情的だった。騒動の大元になった人間への監督責任を感じて いたのかもしれない。








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