ジノは身を乗り出して興味津々である。どうもノリが似ているのではと密かに思いつ
つ、ヘフナーも話に加わる。
「音楽はやめて俳優になったと聞いていたが、本当だったのか」
「俳優も含めたいわゆるタレント業だね。最近は自分で番組企画も手掛けてるんだ。これ
もレポーター兼ディレクターとして来てるんだよ。あ、通訳も兼ねて」
「すごい、マルチな才能じゃないですか!」
いや、単に落ち着きがないと言うか好奇心旺盛と言うか…とヘフナーが心の中で反論す
るが、ジノのほうはすっかり剛さんの話に魅了されてしまったようだ。
「いいなあ、僕も何か手伝えることがあったらぜひ!」
「君たちくらい存在感のあるビジュアルなら出演をお願いしたいくらいだけど、その当事
者は日本人の男とドイツ人の娘さんだからねえ。ちょっと適当なキャストがないのが残念
だよ」
撮影の本番は暗くなってからなので、スタッフたちはいったんホテルに引き上げ、剛さ
んはヘフナー家で時間をつぶすこととなった。こちらもやんちゃ盛りの病気の子供がいる
以上、あまり長く放っておくわけにはいかない。
「感動だなあ、あのギュンターの自宅に招かれるなんて。本人が留守なのは残念だけど。
で、なんで夫婦揃ってアメリカに?」
「何か音楽賞の授賞式にプレゼンターとして出席するためらしいですよ、詳しくは知らな
いけど。僕、ヒマだったんでベビーシッターを任されたんです」
「ちょっと待て」
ヘフナーのほうが反応した。
「なんでこの時期お前がヒマなんだ、そう言えば。今、シーズンの真っ最中だぞ。…まさ
か?」
「レッドカードもたくさんためるとさらに特典があるんだよね。プラス2週間の休暇もら
っちゃった」
「あのな…」
ヘフナーは絶句した。
「将来のフル代表キーパーがそんなでいいのか、イタリア!」
「ほんとにねえ」
ジノも一緒になってうなづいているが、反省の色はどこをどう見てもなさそうだ。
「そうそう、それでゴー、その撮影ってのは全部ここで?」
「主にスタジオで、まあ効果的なシーンは現場で、って感じかな。撮影許可は建物の所有
者からもらってるし」
ジノが入れたコーヒーをおいしそうに飲みながら剛さんは外の方向を目で指した。
「ただ、俳優の手配がちょっと遅れてて、娘のほうはいいんだけど男のほうが日本人限定
だからまだ決まってないんだ」
ハリウッド映画のように東洋系なら誰でも日本人を演じられる…なんて乱暴なキャステ
ィングはできない、というのが剛の言だった。日本で放送する番組だけに、あくまでそう
いう「嘘」は通じないのだ。
「日本人も中国人も同じにしか見えないってのは西洋の皆さんの決まり文句だけどね」
剛さんはくすくすと笑った。逆に日本人だってヨーロッパ各国の人々を顔で区別できな
いのだから、これはお互い様なのだが。
「ま、どうしても間に合わないなら手近なとこでADの誰かに泣いてもらうか。ただな
ぁ、イメージに合わないのは使いたくないんだよな」
一応アーティストの美意識は大事にしているらしい。そのせいで周囲が振り回されたと
しても。
「僕たちも、日本人の心当たりと言ったら限られるものね」
「そうだな。約1名くらいだな」
2人が思い浮かべたのは、もちろんハンブルク在住のあの男だった。
「ただ、イメージ的にはお勧めしないって言うか」
「幽霊の役だしな」
剛さんももちろんその点は同感のようだった。
「健康的でたくましい幽霊ってのは却下だよ。はかなげで神経質そうで――そう、不幸が
似合いそうな感じ? 演技力は二の次でもいいから、イメージ優先だな、絶対に」
「それ、明らかに誰かを想定して言ってるだろう」
「ふっふっふ」
ヘフナーに指摘されて、剛の目に怪しい輝きが浮かんだ。
「俺の初映像作品は実は幽霊モノなんだよね、プロモビデオでさ。それが結構評価されて
今度の企画も俺に声がかかったんだ。健なら理想的な幽霊になるんだけどなあ」
「そいつは気の毒に」
一瞬同意しそうになったこと自体、同情に値する。ヘフナーがそうつぶやいた隣でジノ
が首をかしげた。
「そう言えばワカシマヅって今こっちに来てる頃じゃなかったかな。代表チームの遠征
で」
「そうなのか?」
ヘフナーも一緒になって驚く。
「シュナイダーが言ってたよ。ワカバヤシと久しぶりに一騎討ちができるって。なんか勘
違いがあるよねえ、彼も」
「人のことは言えないだろうが」
「――ほ〜、なるほどね。健が、ドイツに…」
突っ込みを入れているヘフナーの向かいで剛さんが手帳を取り出した。それを開いて何
かを確認している。
「てことは姉ちゃん、いよいよか…」
「え?」
怪訝な顔になる2人を、剛さんは意味ありげに見返した。
「俺も叔父さんになる時がやって来たんだよね。しづ姉がこのタイミングだからこそこう
やってロケに来られたとも言うんだけど」
相変わらずとことん姉を恐れているようだ。
「そして俺の救世主、森崎くんが父親になる時、ってわけ」
「えええっ!?」
「聞いてないぞ、そんな話」
驚く様子を満足そうに見てから剛さんは先を続ける。
「まあ一応ウチでは駆け落ちした娘の扱いだからね、直接連絡が来るわけじゃないけど森
崎くん家から健を経由してちゃーんと情報は届いてるのさ。親父なんか知らん顔をしなが
ら一番そわそわしてるんだから」
「で、モリサキは今シヅの所か? ワカシマヅも?」
「うーん、そこは詳しくはわからないけど、たぶんそうじゃないのかなあ。あ、ちなみに
俺はヒマがなくて陰ながら応援するだけになってんだ。すごーく残念だけど」
研究期間を終えて帰国するのは出産の後という予定だとかで、剛さんは姉が出産と子連
れの帰国で忙しい以上自分も無事と踏んでいるようだ。余裕の笑顔を見せる。
「ねえ、僕たちも会いに行きたいね」
「――まあな」
珍しく意見の一致を見る。
「いつ生まれるのかなあ。モリサキに連絡が取れるといいんだけど」
「連絡ならあいつに頼めばいいんじゃないのか?」
やっぱり便利屋にされてしまう運命の若林であった。
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