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「くそー、またパス出されちまった!」
ワンツーパスだったら許さん…と自分でボケてみせても空しい。
今の衝撃が何であれ、自分の意思ではない移動を繰り返しているのは確かだ。さっきま
で会話をしていた若林も同じく弾き出されたのかもはや姿はない。
「森崎のせいだって…?」
その若林との会話を思い出す。
「あいつ個人の力が俺だけじゃなくいろんな人間の意識を引き寄せていたとはな」
『俺たちがそれぞれ持ってる特殊能力だが、森崎の場合何だと思う? 時々キレては自覚
のないまま爆発させてるが、そっちはメインじゃない気がしてな』
若林はずっと考えていたのだと言う。それは「共鳴」ではないかと。
『シュナイダーの八百長疑惑事件の時もそうだったが、森崎は人が無意識に発するSOS
を感じ取って共鳴して、その相手の気持ちに直接触れることができるんだ。逆に言えば、
そういうつらい気持ちや悲しみの心が森崎に寄って来てしまう。駆け込み寺並みにな』
確かに思い当たるところはある。だが、それなら俺はどうなるんだ…と若島津は反発を
感じる。
「森崎と一番共鳴させられてる俺は、だとしたらひっきりなしにSOSを出してることに
なっちまう」
そんなはずはない。若島津としてはそこは譲れない。仮に若林の言うことが合っている
にしろ、自分だけは例外にしてもらわないと困る。
そう考えているうちに移動は終わったようだった。
またどこか新しい場所にいるらしい。足元がしっかりした現実の場所にいる実感があっ
た。しかし視界は暗いままで、周囲の状況はまったくわからない。
「何かの中…か、ここは」
若島津は感覚の及ぶ範囲を順に確認した。
目だ。目を開け。――そう命じてようやく前方が明るくなる。まぶしい光が一面にあふ
れる。
ここは…?
「やあ、起きたのか、サバラン」
目の前に人の顔がある。穏やかな声が自分に向けられる。
――が、それが誰なのかわかった瞬間、若島津はさーっと血の気が失せそうになった。
「また、これかー!」
兄の手が自分に触れる。さらに撫で回される。
耐えられなくて身をかわしたが、剛さんの手は振り払えなかった。逆にしっかりとつか
まって抱き上げられてしまう。
「さあ、おとなしくして。いよいよ撮影するから」
撮影だって? その言葉で思い出したのがさっき行った廊下のシーンだった。
「俺の役は、日本人留学生…とかだったな。あれをまたやってるのか?」
ライトがまず目に入り、カメラを担いだスタッフも少し離れて立っているのがわかる。
剛さんは猫を定位置に下ろして自分もそのカメラマンに並んだ。
「はい、本番、テイクワン行きまーす」
剛さんが手を上げたのを合図にドアが開いた。地味なドレス姿の女性が出て来る。つい
で足を止める。
『あなた、どうしてここに! もう帰って来てくれないかと思ってたのに…』
女性の台詞はあの時に聞いた通りだった。なら次はこちらの台詞の番だ、と背後を振り
返る。
『――そうだよ、帰って来たんだ』
そちらから声がして、えっと固まる。
『君に言わなくちゃいけないことがあったから、ローザ』
『私も、会いたかった!』
女性が駆け寄って二人はしっかりと抱き合う。
「え…えっ――?」
唖然と見上げると、少しの間を置いてからその二人がぱっと顔を上げた。
『はい、オッケーでーす。――こんな感じで、どう?』
抱擁を半分やめたところでカメラマンを振り返ったのは、さっきキューを出した本人、
剛さんだった。
「な、なんで剛兄が…!?」
ライトの位置を少し移動する指示を出し、スタッフと改めてチェックしているようだ。
『俺じゃ陰影が足りないよなあ。もっと暗めなイメージで。でも適役がいないんだから仕
方ないか。健はきっぱり断って来たし』
「なんだって?」
若島津は耳を疑った。いつ自分が断ったと言うのだ。そもそも剛さんの依頼など来ては
いない。いきなり連れて来られてリハーサルのようなものまでさせられたのだ。
「おい、違うぞ。この女優、あの時の相手じゃない…」
剛さんの指示を受けながら再びスタート位置についた相手役の顔を、若島津は信じられ
ない思いで見つめた。
「どうなってるんだ、これは――」
『はい、サバラン、君もなかなかいいよー。あともう少しこっちまで歩いてくれると嬉し
いんだけど。もう一回、ね』
剛さんの手でまた元の位置に戻される。
「なら、あの時はいったい何だったんだ…」
夢か現実か、それとも未来を見たのか。すべてが混乱する。
自分をここに連れて来たあの女性スタッフ。一緒に演技をした相手役の女性。そのどち
らもこの場にはいない。
『それがなぜなのか、教えましょうか』
声に驚いて若島津は振り返る。猫の視界は閉ざされてまた闇に戻っていたが、それには
気づいていない。
そこに、あの女性が微笑んでいた。
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