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「あれ、森崎どうしたの」
地面にぺたんと座って空を見上げている森崎を見つけたのは通りかかった翼だった。
「若林さん、ほんとに来てくれるのかなあ」
「え?」
若島津が抜けて一人になってしまったとは言え、一応練習中だ。あの生真面目な森崎が
それをさぼってこんな寝ぼけたことを言っているなんて。翼はそんな顔をする。が、森崎
は続けた。
「俺、頼り過ぎじゃないかな、若林さんに。ふだん一緒にいない分、気持ち的に寄っかか
り過ぎなのかも。ここ一番の困った時にはどうしても若林さんになんとかしてもらおうっ
て思うんだから」
「どうしたの、急に。そんなこと言うなんて珍しくない?」
翼はちょっと考えてから側に一緒に腰を下ろした。
「うん――答えてくれなくて、若林さんが。俺にもっとしっかりしろって意味で返事しな
いのかなって思って」
何にどう答えないのかは翼には言えないが、とにかく若林はいくら呼んでも答えて来な
かったらしい。不通の原因が実は自分のほうにあるとは森崎は知らないのだ。。
「それはないよー。あの若林くんから見れば誰だって頼りなく見えるはずだもん、森崎の
こと今さらそんなふうに思わないって」
「きついなあ」
苦笑する森崎はやっといつもの顔に戻ったようだ。翼は横から覗き込んで小さく笑う。
「だって森崎、それ弱音に聞こえないよ。逆に自信の表われ?」
「えっ、まっまさか!」
「俺にはそう見えるけど? 自信がじわじわって顔に出てる。――でもどことなく寂しそ
うでもあるんだよね」
そう言いながら翼は森崎の頭をなでなでした。もちろん、森崎は驚いて目を丸くしてい
る。
「翼、何を言い出すんだ」
「ずっとさ、森崎は寂しそうだったよ。俺ちょっと心配だったんだけど、そうか、それな
らいいや」
「はぁ?」
一人で納得して翼はぴょんと立ち上がった。
「なら、若林くんの代わりに俺が付き合ってあげるよ。ね、俺たち子持ちコンビだし」
腕を引っ張り上げて森崎を強引に立たせてしまう。
「一人になっちゃった森崎のためにシュート錬しよう!」
「いいのか、翼。おまえ向こうの練習があるのに」
「いいからいいから。紅白戦で一人人数がはみ出したからあっち行ってろって言われたん
だ」
「――それって、もしかして休んでろって意味じゃ? だったら駄目だよ。まだ故障が残
ってるんだから」
「大丈夫大丈夫。もうパーフェクト。さ、やろっ!」
「そうはいかんぞ」
いきなり背後から手が伸びて翼の襟首をつかむ。
「油断もすきもねえんだから、おまえはよ」
「気になるから医務室に行ってみればまんまといないんだもんねえ。駄目だよ、翼くん」
日向はともかく、岬に睨まれては翼も反論できないらしく、へへへ、と照れ笑いでごま
かす。
――森崎!
そこに割り込んだ声。
――聞こえるか、森崎!
「若島津?」
足元からざわざわっと緊張の震えが来た気がした。
「どうした、森崎」
翼を連行していこうとしていた日向がその表情の変化に気づいた。
「いや、ちょ、ちょっとごめん、俺」
森崎は駆け出す。一人だけ、宿舎の事務所方面に向かって。
「電話を…電話をかけなくちゃいけなくて。ごめん」
「怪しーい」
岬に腕を取られながら翼が最後までそれを見送る。
「森崎、全然怪しいよぉ」
「おまえの日本語のほうが怪しいだろーが」
などという騒ぎを背に、森崎は建物の陰に回って足を止めた。
「翼って妙に鋭いことがあるから注意しないと…」
それは小学生時代に若林に教え込まれたことの一つだったりするのだが。
――あいつには俺たちみたいな能力はないが代わりにもっと強力な直感があるからな。
「まあ俺はマークされるような力なんてないからいいんだけどね」
翼たちからは見えなくなっていることをもう一度確認して、それから改めて「会話」に
戻る。
『若島津、今どこ? いきなりいなくなったりして』
『どこなんだか』
少々自棄になっているようだ。無理もないが。
『時間も空間もごちゃごちゃになっていて――でもおまえの意識の一部とも直接繋がって
る。若林によればな』
『えっ、それどういうこと…?』
『俺にわかるもんか。若林とはさっきまで話せてたんだが今は不通だ。あいつはあいつで
取り込み中だからな。一応俺たちチームのほうに向かってるそうだが。どっちにしても今
は通信は全面ストップだ。おまえがナビゲートしてくれないか』
『ど、どういうこと? 俺なんかが…』
ついうろたえてしまう。が、そんな森崎に若島津はじれったそうに続けた。
『だからおまえだからこそ頼んでるんだ。俺の体のほうはおそらくケルンにある。そこに
着くまではたぶん実体だったはずなんだ。ここには兄貴と、あとなぜかヘフナーとヘルナ
ンデスもいるようだから、やつらと連絡が取れると助かる』
『って言われても…』
事情が一切わからずに森崎はそろそろパニック寸前だった。
『とにかく急いでくれ。俺は猫殺しの犯人に捕まって、今バスケットに入れられちまって
るんだ。三味線にされる前に元に戻してもらわないと』
「は?」
パニックも思わず引っ込む謎の発言に森崎の目は点になったのだった。
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