a cup of day 8−2                              






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 ここケルンに様々な方面から面子が集まりつつあった中、さらに次なる顔ぶれが、それ も集団でやって来た。
 ヨーロッパ遠征中の日本ユース代表である。
「ねー、だから俺が怪しいって言ったんだよ」
 翼が一人で主張しているここはケルンの旧市街。大聖堂の尖塔もちらりと覗いている通 りにあるカフェだった。
「森崎まで消えるとは思わなかったよな」
 椅子の背に体を預けて松山が言った。
「奥さんの出産でも動かなかった彼が一人で密かにこんな所まで来るとは確かに意外だっ たね」
『若島津を迎えに、ケルンまで行って来ます。明日の朝までには戻ります』
 ――これが森崎の置き手紙だった。残していくだけ良心的とも言えるが、事情がわから ないのでは若島津と大差ない。
 監督が移動日を一日早めてベルギーを発つことを決めたのはそれが一番の理由だった。 さすがにキーパー抜きで遠征は続けられない。
「どうせ次の合宿地はライン河沿いに移動するんだ。少しくらいの寄り道は大丈夫だろ う。向こうの宿舎も受け入れられると答えてきたし」
 臨機応変。または成り行き任せの道中になってきたようだ。
「確かにケルンまでは来たけど、でもどうやって見つけるわけ? こんな大きな街で、手 掛かりもないのに」
「いや、ないわけじゃない」
 来生の疑問に滝が応じた。
「キーワードは若林さんだ。まず若島津は若林さんにポジションを賭けて勝負を挑もうと した、と思え。森崎はそれを知って止めようとする。だから後を追った、と」
「うん、ありそうな話だね。それで?」
 その後は井沢が引き継いだ。
「ケルンがその決戦の地になった理由を考えろ。あの3人がドイツで共通の知り合いを頼 るとすればそれは一人しかいない。――例のヘフナーさ」
 例の、というのは、数年前にやはりチームを抜け出したキーパー3人がドイツで合流して いたという事実である。しかもその様子を彼らは衛星生中継で目撃してしまったのだ。そ の時も、そのヘフナーは確かに行動を共にしていた。
「今そのヘフナーの連絡先を調べてもらっているからとりあえずそれを待つ、ってことな んですよね、監督」
「そうだな。まあ、腹ごしらえでもして」
 井沢の言葉にうなづいて、見上監督はメニューを手に取った。案外神経の太い人のよう だ。
「夕食は宿舎で出るから、軽く、だぞ」
「くそ……
 周囲がごくのんきな空気に包まれている中、ただ一人重く緊迫した空気をまとっている 男がいた。言わずと知れた日向である。さっきから一言も口をきかずにテーブルの上を睨 み続けている。新田と佐野が、隣からそーっとメニューを回してきた。
「あの、日向さん、注文は何にするんですか?」
「いいからいいから。適当に何でも」
 それをそっと小声で止めたのが反町だ。こういう時の日向の傾向と対策は踏まえてい る。
「やっぱり本場のソーセージ、おいしいね」
「そうだね、翼くん」
 岬とにこにこしながら食べていた翼がふと振り返った。石畳の通りの向こう側、何かば たばたと騒ぎが起きているようだ。
「どうかした?」
「えっ、ううん」
 翼はフォークを途中で止めたまま、その方向を注目している。
「なんか、知ってる人が通った気がして」
「知ってる人?」
 岬も不思議そうにきょろきょろ見回した。
「気のせいじゃないの、知ってる人なんて」
「だよね」
 翼はソーセージに戻ったが、また手が止まる。そして今度は岬を見た。
「あのさ、シュナイダーくんにすごく似た人が走ってたみたいなんだけど」
「シュナイダー? まさか。彼はハンブルクにいるはずだよ」
「そうなんだけど」
 どこか遠くのほうでパトカーだか救急車だかのサイレンが重なっていた。それがさらに 翼を不安にしたのかもしれない。
「ちょっと、見てきていい?」
「あ、翼くんっ?」
 岬が止めようとした時には翼はもう席を立って駆け出していた。その姿が通りの向こう の小さな路地の前で止まるのを見ながら岬は苦笑した。
「しょうがないなあ、翼くんも。それになんでコショウなんて握ったままで」
 そう、テーブルの上のコショウの瓶が消えていた。翼がさっき手にしていた瓶を上の空 のまま握って行ってしまったらしい。
「おい、あれ、見ろよ!」
「あっ、あれは――」
 ざわめきが大きくなった。次藤と高杉という長身の二人がまっ先に気づいたようだ。
 翼が覗いていた路地から男が一人よろよろと転がり出て来て、それを別のほうから走り 寄って来た若い金髪の男が地面に押さえつけている。怒号が飛び、結局駆けつけた警官が その場を収めた。
「ケンカか何か?」
「ううん。ドロボウがつかまったみたい。盗んだものを抱えてた」
 間もなくトコトコと戻って来た翼が、唯一の野次馬として皆に説明した。
「へえ〜。すげえもん見ちまったな」
 石崎が感心して声を張り上げる。
「ねえ、翼くん?」
 そのテーブルに三杉がわざわざ近寄ってきた。
「あの犯人に、君、何かしたんじゃないのかい?」
「どういうこと?」
 岬も目を丸くする。二人に見つめられて、翼はちょっと肩をすぼめた。
「コショウをばらまいたんだ。あの路地に」
「ドロボウを止めるために?」
「うん」
 翼はまたソーセージを口に運び始めた。岬の問いにはただうなづいただけである。
「くしゃみだね? そのせいで足が止まって逃げられなくなったんだね」
 三杉が冷静に指摘した。そこでやっと翼は顔を上げる。
「だって、俺、シュナイダーくんの手伝いをしようと思ったんだ。それだけだよ」
「シュナイダー!? ほんとのほんとにシュナイダーだったの?」
 彼らがその事実を確認したのは翌朝の新聞記事を見てのこととなった。





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