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3人が走って行く方向から、不穏なざわめきが伝わってきていた。
「警察が来たようだね」
まだ興奮を残しつつもそこに安堵の気配が入っていることに気づいた彼らの足はゆっく
りになり、そして歩きに変わった。向こうからやってくる通行人たちとすれ違いながら、
彼らの会話が耳に入る。
「ドロボウ? それともひったくりだったのかな、あれ」
「うん、捕まってよかったよね。でもひどい匂いがしてなかった? 催涙ガスかも」
催涙ガス?
「あのさ、犯人を取り押さえたヤツってなんか見覚えなかった?」
などという意見もあり。
3人は目でうなづき交わし、それぞれにほっとした表情になった。
「道に迷わずにちゃんと追跡できたんだね、彼も」
「標的を追う分には迷わないんだろうさ」
ジノとヘフナーの会話にはこれまで彼らが受けてきた実害分の実感があった。
「で、その取り返したハンザカップ。例の純金製の、なのかな」
「さあな。鑑定すればすぐにわかるだろうが――」
二人の会話は先へと遠ざかって行き、その背後で若林が一人足を止めた。
引き止めたのは、その気配。
「森崎…!」
通りの風景は消え、その瞬間そこは異空間に切り替わっていた。
そこで、若林と顔を見合わせていたのは――。
『えっ、若林さん――!?』
まずはぽかんとし、それからあわてたように森崎は自分の周囲をきょろきょろと見回し
た。若林に駆け寄ろうとしたがどうもそこに見えない壁か何かがあるようで、そこに突き
当たってそれ以上近づけないらしい。
その森崎の不安げな表情を見て若林は苦笑した。誰のせいでこういうことになったのか
やっぱり自覚がないとは。
『あんなにゴチャゴチャいろんなものを巻き込んでたくせにな』
『え…?』
『今は何も残ってないな。全部片がついてそれぞれの場所に戻ったってことか。――で、
おまえも嫁さんには会えたのか?』
『あっ、は、はい』
すべて納得している顔の若林にちょっと戸惑いつつも、森崎はうなづいた。そして笑顔
になる。
『あのっ、さっき若島津がここを通って行きました。なんか、猫を抱えてましたけど。後
で会おうって言ってました』
『そうか』
若林も表情を緩めた。
『ならおまえも早くそこから戻って来い。待ってるぞ』
『はい。――あれっ、若林さん?』
うなづいたと同時に森崎の姿がすっと薄れた。きっと、どこかで目覚めたのだろう。夢
は、いずれにしてもいつか覚める。
自分が立っていたそこが、ただの石畳の通りに戻っていたことに気づいて、若林は肩の
力を抜いた。そうしてまた歩き始める。ほんの一瞬ほどの邂逅だったらしく、先を行くヘ
フナーとジノからはまだそれほど引き離されてはいなかった。
追いつこうと足を速めたその時、彼らの前にパトカーが1台停車した。
「シュナイダー!?」
中から降り立ったのはその話題の主だった。もちろん犯人逮捕の後で帰り道がわからな
くなって送ってもらうところだっただけなのだが。
「ワカバヤシ、おまえに話がある」
「え?」
いつになく重い雰囲気を漂わせたシュナイダーに、ジノが何かぴんと来たようだった。
「じゃ、僕ら子供たちのこともあるから先にね」
とヘフナーを急かしてパトカーに乗り込み、去って行ってしまう。
「ヘフナーの弟? 今、あいつらが子守りをしてるってのか?」
「…ああ、両親が留守だからと聞いたが」
他人のプライバシーに反応するのも珍しいことだ、と若林は思った。そう言えばこのシ
ュナイダーも森崎の夢に紛れ込んでいた一人だった。さっき見た限りではその姿はもう消
えてしまっていたから、彼のSOSも解除になったということか、とも考える。
「俺は――」
若林が黙ったままなのでシュナイダーは自分から話を始めた。
「父親と一緒に暮らせることを願いながら子供時代を過ごしたから、あいつの気持ちはわ
からない。あいつの中では最初から存在しないんだ、親も、兄弟も。動物にしたっていつ
かは死に別れることを前提にしている。距離を置いているんだ、すべてのものと」
「シュナイダー?」
若林は虚を突かれる。まさかシュナイダーがこんなふうにヘフナーをしっかり把握して
いたとは。
「だが、俺はあいつを子供の頃から知ってる。なぜああいった考え方をするのかも、共感
はできなくても理解はできる。――だが、おまえはそうじゃないんだ、ワカバヤシ」
「えっ…?」
唐突に話題が自分に向けられたので若林はどきりとする。どこまでもマイペースな皇帝
閣下の思考回路だけに予測ができない。
「おまえの、他人との距離のとり方が俺には理解できない。日本人だからか、おまえ自身
の性格なのか知らんが。そいつがおまえだけのことなら俺は構わない。他人が口出しする
ことではないからな。問題はマリーに対しての態度だ。こればっかりはおまえの勝手では
済まされない。説明を――釈明をしてもらうぞ」
「シュナイダー」
そこまで聞いて若林はいくらか安心もし、そして別の困惑にため息をついた。
「まあ今はそいつはおいておいてだな…」
「俺が一番許せないのがそれだ」
シュナイダーの目に、静かに氷の炎が灯る。
「マリーはあんなに真剣に、一途におまえを追い続けているというのに、おまえはいつだ
って本心は見せずにそうやってのらりくらりと…」
「あぁ?」
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