「…ええと、やっぱり狙われてるのは俺たちかな」
「このタクシーの車体が欲しいなら喜んでくれてやるがなあ、この破壊っぷりから見て
違うほうに賭けるな、俺は」
「若林さんちが爆破されたのが殺人未遂なんだったら今のこれも殺人未遂…?」
「未遂で終わればな」
事が自分自身に関わることでも、若島津の過激さは変わらないようだった。思わず森
崎が言いよどんでしまったその時、タクシーのエンジンがかかって車体が振動し始め
た。
「ヘフナー?」
「連中が追いつくのをここで待ってやる気はないだろ。こっちもそろそろ行くとしよう
ぜ」
二人があわてて身を起こそうとしたとたんタクシーは急発進した。二人ともどっと座
席に倒れ込む。若島津の下敷きになりかけた森崎がうめいた。
「…若島津、ひ、ひじっ」
体勢がほとんどネックブリーカーになっている。体重が全部かからなかったのが幸い
だった。なにしろ若島津の得意技だっただけに、事実これまでにも試合中に数多くの犠
牲者が出ているのだ。
「おい、ヘフナー、おまえ運転できるのか?」
「うーん、できるとは思わなかったが、現に車は動いている」
ヘフナーの言葉の通り、確かにタクシーは走っていた。しかもものすごいスピード
で。
「国際免許持ってるとか?」
やっと身を起こした森崎が尋ねる。
「まさか。国内でも持っていないのに」
「ヘ、ヘフナーっ!!」
「せめてスピード落とせっ!」
「いいのか? やつら追いつくぜ」
振り返って見れば、オースチンも負けじとスピードを上げてまっしぐらについて来
る。
「追いつかれる前に激突死、なんてごめんだぜっ!」
「そうか? じゃ…」
言うと同時にヘフナーはさりげなく急ブレーキを踏み込んだ。タイヤが軋り、後ろの
二人は今度は前の座席の背に頭から突っ込んだ。
「いて…っ」
彼らが抗議の声を上げるより先にヘフナーは再びアクセルを踏み込み、と同時にハン
ドルを大きく切る。
「わああっ!」
座席から転げ落ちそうになるのをかろうじて耐えた二人は、今度はしっかり抱き合う
かっこうになった。若島津の長い髪が森崎の顔にかかる。柑橘系の甘い香りが鼻をかす
め、思わず森崎は顔を赤くしてしまった。
「何やってんだ、ヘフナー!」
抱き合う腕もそのままに顔だけ振り向けて若島津が怒鳴る。
「とりあえずいろいろ。…おーっと!」
車は高架下の分離帯を越えて反対車線に飛び込み、今来た方向に逆戻りしかけたが、
勢い余って歩道に片足乗り上げたままガタガタガタッと突っ走り、それを元に戻そうと
ハンドルを切ったところが今度は右側に回り過ぎて隣の車線の軽トラックにありったけ
のクラクションを浴びせられてしまった。
「う〜ん、何だろうなこれは」
「自分でやっておいて関心するなっ!」
「思ってた以上に右・左の感覚が違っててなあ。どうも左側通行ってのは調子が狂う
ぜ」
これが左右の感覚だけの問題だろうか。今度は前を走る小型車を追い越したはいい
が、元の車線に戻る代わりに追い越し車線よりさらに右に針路を向けてまた高架下に飛
び込んだのだ。高架の柱をよけようとして左にまわり、まわりすぎて逆にハンドルを切
れば次の柱の右っ側に飛び出す…といった按配で、要するに柱をジグザグにまわるドリ
ブル練習状態になっているのだった。
考えてみれば見事なドライビングテクニックだったが、問題はこれは意図してのもの
ではなくむしろその逆だという点だった。
「ヘフナー、道路を走れ!」
「そうしたいのはやまやまなんだが」
「め、目が回る…」
ヘフナーの暴走運転と若島津の抱擁とで、森崎は既に失神寸前だった。だがおかげで
銃撃はいまのところやんでいる。オースチンもかろうじて彼らの追跡を続けているもの
の、これでは狙うことさえできないのだろう。安心ついでに――これが本当に安心でき
る状況かどうかはともかく――大事なことを一つ思い出した若島津だった。
「なあ、運ちゃん大丈夫なのか?」
森崎の体に回していた腕をようやく解き、助手席側にぐったりしたままの運ちゃんを
覗き込んだ。ようやくここで自由になった森崎も大きく一つ息を吸って同じように向き
直る。
|