画面にはにぎにぎしい正月番組がめでたさいっぱいに映し出されている。晴れ着姿の
若手タレントたちに囲まれて、司会の上方コメディアンが型通りのお年始ギャグを飛ば
していた。
「これ、生か? 録画か?」
晴れ着が揃っているからといってリアルタイムの正月番組とは限らないのがテレビで
ある。出演者のスケジュールに合わせて12月中に録画撮りしたものを流すことも少な
くないからだ。
「えーと…」
言われて律儀に森崎も注意深く見つめた。一目でそれとわかるように作られているは
ずはない。
「あ、待てよ。紅白の話をしてる」
「じゃ、生だな!」
若島津が声を上げた。森崎の指摘通り、司会者が自分の隣の振り袖姿の女の子が昨夜
の紅白で披露した衣装の話で盛り上がっている。さらには、30日のレコード大賞の話
題も出ているようで、これは録画でないことを証明している。もちろんそのどちらとも
縁のないまま新年を迎えてしまった二人だったのだが。
若島津は急に勢いを見せて歩き出した。その行動が読みきれない森崎があわてる。
「だから! どうしたんだよ、一体…」
「兄貴が出てた。かくまってもらおう」
既に早足で歩きながらの会話である。森崎は目を丸くした。
「え、え…? おまえの兄さんが?」
「剛’sクルーのボーカルをやってる。知らなかったのか」
「――はぁ? まさか…あの…? あっ、空手の!!」
ここまでも話題に出ていた都内在住の兄…というのが、ここでいきなりすごい展開を
見せている。森崎が絶句したのは当然だった。なにしろその剛'sクルーなる人気グルー
プは芸能界にほとんど興味も知識もない森崎でさえも記憶している存在で、確かデビュ
ー曲に続く2枚目のシングルのヒットでその人気が急上昇中という6人組である。芸能
メディアでもしきりと取り上げられるその話題性の中心にいるのがフロントマンとして
いかんなく個性を発揮しているボーカリストの剛――すなわち本名若島津剛、というわ
けで。
「あんまり空手、空手ってのはやめてくれ。俺も肩身が狭いんだ」
フィールドとステージという違いこそあれ、大して違わないことをやっている弟が嘆
く。
その音楽性はファンク系ジャズを基盤にしたリズム主体の身軽で親しみやすいものだ
ったが、美形ボーカリストがオーバーアクションで歌い踊るのがあいまって注目を集
め、それが空手5段の腕前を反映したものだということが明らかにされて以来「空手シ
ンガー」の名が広まったのである。
「し、知らなかった〜。えーと、顔はそれほど似てないんだな」
「兄弟の中で俺だけ父親似でな」
若島津の家族の顔などまったく知らない森崎はそれで納得したようだったが、さて実
際のところを知ったらどう反応したか。少なくともあの父親の顔を見たら。
「さーて、どのスタジオで撮ってるんだろう」
「でもさ、生番組だろ? どうやって助けてもらうわけ? 中にだって入れてもらえる
かどうか」
「会えないなら会えるまではなんとか引っ張るしかないな」
追っ手は明らかにプロである。今はまいてるとはいえ、遅かれ早かれここも突き止め
て追いついてくるだろうと彼らは覚悟していた。肝心なのは、こういう人の多い場所に
いることで人目を逆に盾にできるかどうかだった。彼らの目的が何であれ、もう捕まる
のも脅されるのもご遠慮申し上げたい。
「ここかな?」
扉の上に「本番中」のランプが赤く灯っている。若島津がそっと扉を押し開いてまず
中を窺い、後ろの森崎を振り返った。
森崎も無言でうなづくと、背後に気を配りながらその扉の中へと滑り込んだ。
●
たとえ元日だろうと病院の朝はいつも通りに始まる。まずは朝食前の朝の検温であ
る。
看護婦は体温計を手にとってその数値を記入欄に書き込むと、患者に声を掛けてから
次の患者のベッドに移ろうと向きを変えた。
「あっ…」
思わず声が出てしまう。病室の入り口で背をかがめるようにしてこちらを覗き込んで
いるのは昨日小一時間ICUで同席していた外国人ではないか。彼女はさっと目をそら
すと軽く咳払いをし、残りの患者の検温を続ける。年末年始には軽症患者は一時帰宅す
る場合が多いので、この6人部屋も今日は半分の3人だけになっていた。気を落ち着け
ようとゆっくり動いても検温はすぐに終わってしまい、看護婦はとうとう覚悟を決め
る。
「オハヨウ」
「…お、おはようございます」
彼女が病室を出るまで待ってからヘフナーは軽く会釈した。一息置いてから看護婦は
挨拶を返した。
「友人の服を引き取りたいのですが…」
「ああ、はい…」
あの夜自分が当直だったことを確認して来たのだろう。そう考えつつ彼女は向かいの
病室を指さした。
「検温がまだ残ってますから、終わるまで待っていてもらえますか」
ヘフナーは黙ってうなづく。看護婦のほうはやや逃げ腰気味であったがヘフナー自身
には彼女を困らせたりまして怯えさせようという気持ちはまったくない。彼女が逃げ込
むように入った向かいの病室に、別に何の含みもなく素直について行く。
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