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「問題はさっきからしつこく追ってくる連中と、あの『鬼火』氏の関係だ。同
じ仲間か、別件か…」
若林はややうんざりした顔でアンダーシャツを一枚つまみ上げた。着替えが
少し…それがシュナイダーのバッグの中身の全てだった。教会を出て、向かい
の公園の芝生の上で店開きをしたはいいが、どうも収穫としては上出来とは言
いがたい。
「だからあのおっさん、一人つかまえといて締め上げりゃよかったんだ」
「おまえが本調子ならな…」
過激なことを口走るヘフナーに、若島津がぼそっと応じる。若林もうなづい
た。
「こっちの態勢が十分でないうちはそう無茶もできんだろう」
「どこが無茶だ。それに俺ならもう治ったぞ」
「お前な…」
一応は平穏な学生生活に埋没していたはずのヘフナーが一気にその借りを取
り戻そうとしていた。故郷の南ドイツの空気のせいか、それともこの顔ぶれの
せいか。
「さっきのアレが消えた時、俺の熱も引いたんだ」
「本当に…?」
言いつつ森崎が手を伸ばしてヘフナーの額に触る。すぐさまヘフナーが無言
で森崎を投げ飛ばした。
「しかし気に食わんな」
みごとに転がった森崎に同情の目を向けながら若林がつぶやいた。
「シュナイダーの痕跡をうまく辿ってるって言うより、俺たちの行動自体が予
測されてて、予め張られてたワナに端からかかってるんじゃないかって気もす
るんだ」
「ワナか…」
ヘフナーの目が光った。
「相手がそれだけのESP(ちから)を持ってるなら、なんでそんなまわりく
どい方法をとるんだ。俺ならすぐにでも目の前に行って叩き潰すがな」
「あのな…」
年月もGKの過激さを変えることはなかったらしい。若林は呆れながらシュ
ナイダーのバッグを脇に置いた。と、ふと向かいに座る若島津に目を止める。
若島津は何か妙に考え込んでいるふうに足元の草を弄んでいる。が、すぐ若林
の視線に気づいて目を上げた。
「…何だ?」
「何だはお前だ。さっきから何考えてるんだ」
若林の言葉に、若島津はやはり無表情のままぽつりと応えた。
「あの怨念ともう少し話をしたかったな、と…」
「…おい!」
「お前は実はエクソシストだったのか」
とにかく何が困ると言って、この手の話題が若島津の場合、冗談ではすまな
いような説得力があることである。言ったヘフナーが本当に冗談のつもりだっ
たのかは不明だが。
若島津はゆっくりと顔を上げて若林にまっすぐ向き直る。そうなると若林も
何か話を合わせなければ、と妙な使命感にとらわれてしまった。折りしも日は
既に落ちて公園の木々もその姿を黒いシルエットに沈ませ始めている。舞台効
果は実によく効いていたのだった。
「あれが…何かお前に話しかけて来たか?」
多少引きつり気味の冗談は、こうなるとほとんどマジにしか聞こえない。
「お前たち気づかなかったか。森崎が近寄った時、あれは微かに反応したん
だ。…光の色が微妙に変わって、森崎のほうへわずかに動いた…。まあ『声』
とは言わんが、何か言うくらいの真似はしたかもしれん」
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