「森崎っ!!」
若林は飛びつくように森崎に駆け寄った。
「嘘だ、何でこんな…」
「すまん……」
ヘフナーは絶句する。
「俺じゃ助けてやれなかったんだ」
「さっきのあいつは…?」
若林が振り返った。若島津もゆっくりと周囲を見渡す。
「消えたようだな」
「一瞬だったんだ。モリサキがアレに呼びかけようとしたら、突然でかくなっ
て…」
「でかく?」
ヘフナーはつい先程の光景を思い出して眉を寄せた。
「ああ、そうだ。その時にモリサキが妙なことを言った。…何かそいつと会話
でもしているみたいに」
「…俺も聞いた」
「えっ?」
若林とヘフナーが同時に声を上げた。若島津は側に立ったままじっと見下ろ
している。
「森崎ともう一人誰かの声が、混線してるように重なって聞こえたんだが…」
「あの時か…」
若林もさっきのメデューサもどきの光景を思い返す。
「おまえもずいぶん森崎と同調するようになったもんだな」
「腐れ縁ってやつだろう」
この3年の間に夏冬あわせて5回、彼らは全国大会での対戦をしている。そ
してそのいずれも東邦が勝利したのだが…。
「試合中にあんなに気苦労させられるなんて、思いもしなかったぜ」
味方とならともかく、相手チームのGKの心理が逐一届いてくるのだからこ
れはうるさいなどという範囲を超えている。ほとんど同病相哀れむの世界なの
だ。もともとテレパシー能力を持たないはずの彼らがこういう仲に(?)なっ
てしまったのは何といっても『増幅器』の存在ゆえだった。
「自業自得だろうが」
若島津の日向への思い、森崎の日向への思い、そしてそれを結ぶ…乱入する
と言うべきか…森崎への日向のこだわりが予想外のエネルギーを生んだのであ
る。もっとも日向のこの手のこだわりというのはまず試合中に限られるのが救
いであったが。
「元締めが何を言う」
若林の売り言葉をきっぱりと買う若島津であった。
普段は遠く離れているが、代表チームを招集するたびに再燃するこの二人の
反目は、今やライバル関係を超越して完全にエンタテイメントと化していた。
無論、周囲にとっての、であるが。
火花を散らすと言っても、元来実力第一の世界である。どちらが代表のゴー
ルに立とうと、それはその時々の状況に過ぎない。つまり彼らの対立はあまり
にパタン化しているのだ。かと言って水面下で陰々鬱々とするタイプでもな
く、結果、彼らは一種のファンサービスに徹することとなる。
「おまえらなっ…!」
ついにヘフナーが声を張り上げた。
「同調はわかったから、モリサキを早く元に戻すか何かしろと言うんだ!」
「ああ、そうか…」
若林は気を取り直すと、森崎の耳元で大声を出した。
「森崎! 森崎! 返事をしろ!」
ヘフナーの腕の中で、森崎はぴくりとも動かない。ヘフナーは眉をひそめて
若林を見た。
「死んだ…わけじゃないよな」
「だといいが」
「おいっ!」
「あまりオカルトに走りたくはないがな」
若林は真顔だった。
「森崎の魂はここにはない」
「うっ」
「波長が合っちまったんだな、そう、あまりにピタリと」
「で、吸い込まれたのか、あの『悪意』に」
若林は厳しい顔でうなづいた。
「戻るならいい。早ければ早いほど。でも、もし戻らなければ…」
「戻らなければ…?」
3人は顔を見合わせた。
「どこから、どうやって戻るんだ…」
答える者はない。
と、その時若島津がはっと背後に視線を向けた。
「急いだほうがよさそうだぞ」
若林もそちらを見やって舌打ちした。駅舎側からばらばらと走って来る影が
目に入ったのだ。ヘフナーは黙って森崎を肩にかつぎ上げる。
「故障はまだ直ってないのか?」
「アレが消えたんだから、もう大丈夫だとは思うが」
俺と同じようにな、とヘフナーは付け加えた。
それに応えるかのように急行列車が鋭く汽笛を響かせた。
「突っ切れ!」
彼らの列車は1本隣のホームだった。雪に隠れかけた線路の上に飛び降りて
横断するしかない。男たちはその間に分散してキーパーたちを挟み討ちにかか
った。
「くそ、しつこいぞっ!」
若林はちらりとヘフナーに目をやった。もちろん平気な顔をしているが、森
崎をかついでいる分だけ一人遅れている。
先に動きを見せたのは若島津だった。くるりと方向を変えて、今まさにヘフ
ナーの前に立ち塞がりかけた男に体当たりを食らわせる。柱の陰からヘフナー
に飛び掛ろうとしたもう一人は、背後から若林に蹴り飛ばされた。ヘフナーは
駆けながらひょいと頭を下げてそれを避ける。
「よほど俺たちをこの先に行かせたくないようだな」
「邪魔されると余計行きたくなるんだよなぁ」
さすがにあの代表チームのGKだった。ボールの扱いはともかくとして、攻
め込んでくるトラブルに対するあしらいにも手慣れたものだ。誰に感謝すれば
よいのだろう…?
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