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時間の感覚が既になくなっていた。
森崎は手ごたえのない足元にふわりと座り込んで、自分の掌をまじまじと見
る。
ここが実体のない世界だとしたら、今いる自分は一体何なのだろう。明るさ
も暗さも、暑さも寒さも、空腹も痛みもここにはない。
―俺、死んじゃったんだろうか…。それともこれって夢なんだろうか?
並んで座っている少年をこっそりと見る。
「モリサキが来てくれて、嬉しい」
と、その少年がぽつんと言った。言ってから森崎を振り返ってにこっと内気
そうな笑顔を見せる。
「今まで僕の話を聞いてくれた人なんていなかったから」
森崎はちょっとつらい気持ちになる。今の時点で少年はむしろ対決すべき相
手であり、森崎の役目も少年を追及するところにあるのだ。シュナイダーを救
うために…。
「家族のこと?」
「…うん」
少年はまた暗い目になった。
「僕、嫌われてたんだ。父さんも、母さんも、僕のこと…」
「どうして!?」
「僕が、変な力を持ってたから…」
森崎は目を丸くした。
「…じゃ、やっぱり君はエスパーなんだね」
「エスパー? なあに、それ」
「あ、いや、いいんだ」
森崎自身、よくわかっているわけではない。若林のその能力を―偶然に―知
ったのはもうずいぶん前のことであったが、そのことが結局森崎の日常に直接
かかわることはなかったからだ。そう、あの3年前の東京での事件を唯一の例
外として。
若林はいつも森崎も仲間だと言ってくれるが、森崎にはよくわからない。若
林のテレパシーを受ける能力のことを言われているのかもしれないが、それは
若林自身の力の強さの故なのだろうし、たまたまキーパーという同じ立場にい
ることがそうさせているのだろう、としか思ったことはない。
「…他に、覚えてることはないの?」
少年の悲しげな顔がつらくて、森崎は話を別に向ける。それでも手がかりだ
けは必要なのだ。
「住んでた所とか」
少年は首を振った。
「駄目だよ。自分のことを考えようとすると、いつも頭の中がぼーっとしてし
まって…」
「君が誰で、どうしてこういうことになったのか、それがわかればシュナイダ
ーを助けられるんだ。…そしてきっと君も」
「僕も…? 助かる?」
目を見開く少年に、森崎はうなづいて見せた。
「そうだよ。それに俺には仲間がいるんだ。外からもきっとなんとか手助けを
してくれるよ」
「仲間? 仲間って何…?」
「知らないの?」
森崎の胸が痛む。この子は両親にさえ疎まれ、おそらく友達もなく、その力
ゆえにこのような空間に閉じ込められてずっと過ごしてきたのだ。まったくの
一人きりで。
「友達だよ。俺のことを大事に思ってくれる人のこと」
一瞬自分の差している3人の顔が浮かんで、その定義に少々違和感を覚えて
しまったが、この際一般論で通すしかない。
「大事に、思ってくれる人…」
「うん、俺のことも、君のこともだよ」
森崎の言葉に、少年はびっくりして顔を上げた。
「僕の…ことも大事に思ってくれるの、その人たち」
「もちろんだよ!」
森崎は力いっぱいうなづいた。静岡の明るい太陽に当たりすぎたせいか、南
葛の人間は一様に楽天主義である。ことに小学校の時からあのむやみに明るい
少年を中心に一緒にサッカーをやってきた連中は例外なく。
「モリサキって、変わってるね」
「そ、そう?」
少年がくすくす笑い出したので、森崎は当惑しながらも少しほっとする。少
なくとも少年が悲しんだり怯えたりするより、笑顔でいてくれたほうがどんな
にいいか。
「モリサキと話してると何でもかないそうな気がするよ」
誉められてるのかな。きっとそうだね。
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