「す、すげえ、ジュニアが歌ってる…」
家族ぐるみの付き合いの長いルディでさえ――と言っても当のグスタフ君は
その「家族」に属していないのだが――こういう光景にぶつかるとは想像もで
きなかったらしい。
「いい声じゃないか、ヘフナー」
こちらははるかに冷静である。単に異常事態に慣れているだけかもしれない
が、ジノは目を輝かせてライティングブースの窓に貼りついていた。
「でもヘビーメタル・アレンジのぶんぶんぶんってのは珍しいですよねぇ」
それがヘフナーの唯一のレパートリーだとは彼らも知らない。
「まあ受けてるからいいか」
こういう結論を平然と出せるのもこのジノ・ヘルナンデスの人間性ゆえだろ
う。実際、聴衆はこのハプニングに大喜びで、おそらくその半数くらいはギュ
ンター・ヘフナー本人の飛び入りだと信じていたと思われるが、その珍しい童
謡メタルにさらに盛り上がっていた。剛の伸びのある高音と、ヘフナーの意外
に通る低音が交互にからんで、なるほど絶妙なコンビネーションとも言えたの
だが。
「おい、ホルストを知らないか」
突然背後から聞こえた声に、さっきからステージに釘づけになっていたスタ
ッフたちは腰を抜かしそうになる。まったく何の気配もなしに入口に大きな姿
がぬーっと立っていたのだ。
「ギュンター!」
「ずっと探してるんだが、つかまらなくてな」
無表情に室内を眺め渡して、黒のレザースーツ姿のギュンター・ヘフナーは
ぼそりと言った。ホルストとはこのフェスのチーフ・プロデューサーである。
「コントロールルームじゃないのか。さっき通路で顔は見たぜ」
「俺もそう思ったんだが、さっきから内線が通じなくてな。それで上がって来
てみたんだ」
「通じない…!?」
窓際にいたジノが近寄ってきた。
「こんにちは、ギュンター」
「なんだ、ジノか。ミラノに帰ったんじゃなかったのか」
「ええ、ちょっとヤボ用ができて」
義理の兄ににこっと笑って応じたものの、ジノはすぐに真剣な表情に戻っ
た。
「通じないって、いつ頃からです?」
「そうだな、このバンドの2曲目あたりだったかな」
そのバンドが問題なのだ。
「ギュンター、ギュンター、ほら、これ見てみなよ!」
顔半分を引きつらせながら、ルディが手を振り回した。ギュンター・ヘフナ
ーはゆっくりと窓の前に来るとステージを見下ろす。
「グスタフか。……たまげたな」
とてもそうは見えないリアクションであったが、これも血筋というならしか
たがない。それでもじっと見入っているところを見れば、それなりに何か感慨
もあるのだろう。
「……こっち、見てるぞ」
やがて、ギュンターがぽつり、とつぶやいた。一同ははっとステージ上に注
目する。
「ライトを…消せ、と言ってるようだな」
「えっ! ほんとか、ギュンター」
確かに、さっきからヘフナーは歌の合間にしきりにこのライティングブース
を見上げている感じだった。しかし、一目見ただけでその意図までわかるもの
だろうか。父親である彼にはまさかテレパシー能力などないはずだが。
しかし、その言葉にいち早く動いた人間がいた。
「彼の、指示通りにしてください! 頼みます!」
「…ジノくん!?」
ルディが驚いて振り返った時にはジノは部屋を飛び出した後だった。ギュン
ター・ヘフナーはちょっと眉を寄せ、それから大股にその後に続く。
「ちょ、ちょっと…」
「ルディ、ほら、手を上げてます!」
スタッフに呼び止められ、ルディはヤケ気味にコンソールパネルの前に座っ
た。
「ええい、なるようになれってんだ、ちくしょう!」
一人で怒鳴りながらステージの照明を一斉オフに入れる。こちらもかなり熱
血しやすいオジサンであった。
|