第1章
9月第4日曜日
1 練習試合
◆
「恨むぜぇ、淳…」
フィールドにへたり込んだまま反町は上目遣いに三杉をにらみつけた。その三杉は松山を引
っぱり起こしながら笑顔を返す。
「いや、悪かったよ。これほどまで盛り上がるとは予想していなかったものでね」
「…ったくもう、言っただろ。日向さんはこのところずっと荒れてるんだってば」
その反町が命がけで引き離した東邦のエースストライカーは既に屈強なOBコーチたちに引
き渡されて、ずるずるとベンチ方面へ連行されて行くところだった。
「あの野郎、思い切り蹴り入れやがって…」
一方の松山もユニフォームをパンパンはたきながらその後ろ姿をにらみつけている。
「あれが本当に思い切りだったら、今頃おまえ病院行きだぞ。そういや先週うちの大学部の先
輩が一人入院させられたばかりだな…」
いつの間にそばに来ていたのだろう。反対側のゴールにいたはずの若島津健が至近距離から
突然話に加わっていたりする。慣れているはずの反町までが思わず飛び上がりそうになった。
「い、いきなり物騒な話持ち出すなよー。あれはさ…」
「ああ、あっちから先に手を出したのは確かだ。それにしてもだ、今のは日向さんらしからぬ
手加減だったな。何か特別に手心を加えるような関係だとか…」
「こら! 勝手に話をねじ曲げんじゃねえ!」
日向の最後のシュートチャンスに飛び込んで阻止した松山に、タイムアップの笛と同時に日
向の蹴りが入ったのだ。もちろん松山もそれで黙っているはずがなく、周囲があっけにとられ
るほどの乱闘が武蔵ゴール前で繰り広げられたのだった。
止めようとして巻き添えを食った者数名も既に安全圏に運び去られていた。1−1のタイス
コア。今年数回目かの武蔵対東邦の練習試合は結局引き分けに終わったのである。
「そうだね、確かに今のは日向らしからぬ醜態ではあったね。いくら光に久しぶりに会えて心
躍っていたとは言え…」
「おい、淳! おまえまで!」
松山の抗議は放っておいて、三杉はゆっくりと若島津の方に向き直った。
「荒れていたっていうのは一体いつ頃からだい?」
「ああ、インターハイが終わってまもなくの頃だが。正確に言うなら――先月17日からだ」
日向小次郎専用データベースを内蔵していると評判の若島津はちょっと間をおいただけです
ぐに検索してみせた。反町も手を打つ。
「あ、そうそう、日向さんの誕生日! うん、あの日からだったよな、確かに」
「日向の誕生日、ね。…一樹、東邦のバスが出るまでに日向とちょっと話せるかな」
「時間的には余裕あると思うけど。…ん、淳が直々に取り調べ? これはコワイんじゃありま
せん〜?」
事態に何か含みを感じ取った反町はわざと軽い調子でおどけてみせたが、一人若島津だけは
無表情のまま、立ち去ろうとする三杉を呼び止めた。
「三杉、寝た子を起こすな、だぞ」
「大丈夫だよ」
三杉はいつもの笑顔を若島津に向けた。
「もし起こしてしまったら、また僕が寝かしつけておくからね」
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