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「さあ、素直に告白してもらおうか」
勢いよく両手をパン、と打って、三杉はにっこり反町を見下ろした。こともあろうにか
っぽう着姿である。
「…えーと、おかわり!」
反町は、絶対見たくない、という意思表示として、背を向けたまま腕だけ伸ばして深椀
を差し出す。右隣で同じく旺盛な食欲を見せていた松山が顔を上げた。
「なんだ、知らないのか、一樹。おまえの分には自白剤が入ってたんだぞ」
「ひゃ〜ん!」
賑やかな声が上がるここは三杉邸の一室。英国式のハイ・ティーの時間のはずだったの
だが、今日のメインはなんと三杉の手料理のにゅうめんであった。悲鳴を上げる反町は放
置して弥生が立ち上がる。
「おいしかったわ。ごちそうさま、淳。後は私が片付けるからそれ貸して」
三杉からかっぽう着を受け取って、弥生は階下に下りて行った。テーブルの上が空っぽ
になると反町の逃げ道ももうない。
「さあ、ネットワーク・テロリストくん」
さらにたたみかけられて、反町はソファーに深く沈みこんだ。上目使いで三杉を見返
す。
「だからー、俺の素行調査してどんなメリットがあるわけ? おまえが何を聞きつけたの
か知らないけど、あいつの噂がいい話だったためしはないんだから、大騒ぎすることない
じゃんよー」
「ところがそうはいかなくなったんだ」
三杉は用意してあったファイルを手にした。
「『マダム・ブルー』って知っているかい? 岬くんが最近熱心にアプローチしているっ
て話なんだが」
「えー、あいつ、年増のおばさんと付き合ってんの?」
素っ頓狂な声に三杉の姿勢がほんのわずかぐらついた。こういうヤツだとわかっていて
も、である。
「フランスにE・S社という大企業がある。エレクトロニクス系のメーカーだが、フラン
スでは軍需産業部門の中心的存在だ。その背後で兵器ディーラーとして動いているのがマ
ダム・ブルーという名の組織だよ。世界のほとんどの紛争地域で暗躍し、時には大国間の
防衛構想にまで大きな影響力を持つ――つまり死の商人というわけだ」
「泣けてくるほど岬の好みだよな。女だったらまだよかったのに」
ソファーの背に頭をごろんと預けたまま、松山が付け足した。反町はその松山を見、三
杉に目を戻し、口を開きかけた。そこで言葉を飲み込む。
三杉はその顔から目を離さずに問い返した。
「岬くんから、聞いていなかったのかい?」
「――合宿の前に、2回連絡があったよ」
反町はしぶしぶ話し始めた。
「話はしてない。メールだ。俺にまた内職をさせようって話。テロリストは俺じゃなく、
あいつのほうだって。俺の睡眠時間を暴力で奪っちまおうってんだからー!」
反町はどんどん勢いづいて手を振り回した。
「いつの間にそんな物騒な話になってんだよ! あいつはいつだって肝心なとこは黙って
んだ。俺が知らされたのは、侵入先がフランス内務省だってことだけだい!」
何が物騒で何がそうでないかの定義が、既に一般常識とは外れていることには目をつぶ
るしかない。そのへんは三杉だって松山だって人のことは言えないのだ。
「なるほどね。噂は本当らしい」
反町の抗議に、三杉はうなづいた。
「その岬くんからの依頼とやらの内容は後で詳しく聞こう。今は対策が先だ」
「え、対策って?」
このままじわじわと自白を迫られるのを覚悟していた反町は、三杉のその言葉にぽかん
とする。
「事態はどうやら最悪な方向に進み始めてしまったようだね。今朝、エル・シド・ピエー
ル・ルノーから電話があったんだが」
奇妙なホットラインである。が、的確な発信先をピエールは選んだことになる。
三杉はちらりと松山に視線を投げた。松山はまだ天井をにらんだままだ。それぞれ、次
に出て来る話への準備らしい。
「――岬くんが拉致されたんだ。街中で堂々とね。ピエールの目の前でだったそうだ。そ
のE・S社か、下手するとマダム・ブルーの線が考えられる」
「………」
反町は目を見開き、それからがっくりとうなだれた。
「またこれだよー。俺、少しは平和にサッカーやってたいんだけど」
「同感だな」
松山はソファーから起き上がると反町の背中をバン、とどやす。
「俺たちの永遠の夢だ。――果たせぬ夢、な」
そう、松山は現実主義者だった。
「彼を見つけないと。このままじゃその平和なサッカーにたどり着けないよ」
「岬クンを見つけて、それで平和になれると思う?」
三杉はにっこりした。怖い。返事がないだけ、怖い。
「おまえが言うなって、それ。共犯者の義務をまずは果たせばいいんだから。ちょっと寝
不足にはなるだろうけどな」
「それが問題なのっ!」
松山のありがたい助言に反町は自分の運命を知った。ジャカルタに飛ぶのは、18時間
後であった。
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