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「日向さんっ! ま、待ってください…!」
悲鳴のようなタケシの声がドア越しに聞こえた。乱暴な足音が廊下を過ぎ、彼らの部屋
の隣で止まる。
「――翼か」
松山と反町は目でうなづき合った。すぐに部屋を飛び出す。
「おい!」
隣は翼とタケシの部屋だった。厳密に言えば今回は飛び込み参加の翼だったが、三杉が
遅れて一人分空いていた部屋を、監督の許可を得てとりあえず使っていたのだ。
「これは何だ、翼」
日向の声は思い切り煮詰まっていた。翼は目の前に紙を付き付けられてただきょとんと
しているばかりである。
「日本代表チーム宛に届いた、って、さっきフロントで渡されたぞ――この手紙」
入り口でその会話に立ち往生していたタケシに目で合図しておいて、松山は部屋に滑り
込んだ。反町もそれに続く。
「――手紙?」
「ああ、そうだ」
日向は不機嫌そうにその便箋を自分のほうに向け直した。
「『ツバサ・オオゾラは我々が預かっている。彼の身の安全を保証したくば、以下の指示
通りにすること――』」
「えー、脅迫状…!?」
思わず声を上げてしまった反町を、日向は振り返ってじろりと睨みつけた。
「そうだ。しかも書いてあることはデタラメだ。どういうことなんだ、一体」
「確かに。大前提が間違ってます。翼はここにいるんだから」
「……ひ、えっ」
日向の手にある手紙を覗き込もうとしていた反町が、びくっとすくみ上がった。肩に掛
けられた手がしっかりと彼を捉えていたのだ。そう、何の物音も気配もないまま。
「驚いていないようだな、翼」
そんな反町には構わず、若島津は淡々と言葉を続けた。
「おまえには何か心当たりがあるってことか」
「…うん」
まだ半分ぽかんとしたまま翼はうなづいた。
「チームに同行してるように俺に言ったの、岬くんなんだ」
「なるほど」
その名が出ただけですべてが納得できたというように若島津がうなづいた。日向さえ顔
色が変わる。
「岬だ? まだリハビリ途中のおまえに、無理にこんな大移動までさせたのか、あいつ
は!」
「それくらい重大な意味があったってことですよ、日向さん」
若島津はその大きな手で反町をがっちり捕まえたまま、その肩越しに話を続けた。松山
は気の毒そうに横目で見やる。まあ普段の心掛けの差、といったところだろう。
「どうやらこいつらも一枚かんでるようですし。なあ、反町」
「うう……」
泣きベソの真似で対抗する反町であった。
「ははあ、なるほどな。まだこないだの続きをやってたのか、おまえらは」
さすがに東邦の人間の恨みは深い。母校を戦場にされたのだから当然であるが。
「続きってわけじゃねえんだけどな」
「――光!」
反町があわてて制止したが、松山は平気な顔であった。
「岬のプライベートは尊重してやりたいんだぜ、俺たちだって。けど、どうもあいつのほ
うが俺たちと仲良くしたがってるらしくてよ」
「ほおぉ…」
日向は目を細めて松山を見返した。
「おまえらが仲良くやるのは勝手だがな、それに翼や俺たちまで巻き込みたがるクセはな
んとかしてもらおうか」
「え、俺は別に迷惑じゃないよ。応援、楽しみだし」
翼に混ぜかえす気はなかったのだが、せっかく凄味をきかせたところで日向は一気に脱
力してしまった。若島津がその続きを引き取る。
「翼、岬はおまえにどんな話をしたんだ。つまり、そこまでしてブラジルを出なきゃなら
ん理由を」
「それは…」
翼はちょっと困った顔で若島津を見上げた。
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