4章ー4















「やあ、島野くん」
 武蔵と東邦。月例の定例試合で友好を深めている彼らは、互いのプライバシーについて もある程度の情報を持っている。そうでなくても、反町一樹のお守り役を引き受けるよう な人間は限られていると言っていい。
「突然すまない。ちょっと頼みたいことがあったものだから――」
『何だ?』
 遠くインドネシアからの、それも意外な相手からの国際電話にも島野は動じる様子はな かった。
「実は一樹の忘れ物を探してほしくてね。君たちの部屋には一樹のデータCDやDVDが たくさんあると思うんだが、その中から1枚、見つけ出してくれないかな。『ダンジョン ズ&フィドラー』かそれに類するタイトルなんだが」
『わかった。探してみるよ』
 寮の電話だから島野はいったん切る。約束の30分後に掛け直すと、意外にも島野は余 裕を持って待っていたようだった。
『あったよ。たぶんこれだと思う。【ダンジョンズ&フィドラー・バックアップ】』
「ああ、ありがとう」
 三杉の顔がほっと緩む。
「それで、できればそれをこちらにデータ送信してもらえると嬉しいんだが――」
『大丈夫、手順は知ってる。門前の小僧ってやつだ』
 頼もしいお言葉だった。が、島野はすぐに笑い出す。
『嘘だよ。あいつのパソコンの前に送信とかマニュアルが貼ってあるんだ。俺にも読める 言葉でな。あいつは実家とか出先なんかからしょっちゅう俺に同じことをさせてるんだ』
 なるほど、お守りはそんな仕事まで含まれていたのだ。
『それより、あいつに何かあったのか。どうして自分で言って来ない』
「ああ、それが――」
 できることなら触れずにおきたいところだったが、島野にこう言われては避けられない のは確かだった。差しさわりのない範囲で反町が消えたことだけを説明する。
 島野は黙り込んだ。
『なるほど。こんがらがった奴がこんがらがった事件を起こしちまったってわけか』
「――こんがらがった?」
『あの性格』
「ああ、そっちか」
 千里眼めいた島野の言葉にぎくりとしかけた三杉だった。
『他に何かあるってのか』
「はは、君のほうが彼との付き合いは長いんだったね。なら教えてもらいたいんだが」
『あいつの生まれについて…? 外国生まれって話か』
 これは意外な質問だったのか、島野は少し考え込んだようだった。
『あいつは3才までクウェートにいて、その後スペインに移った。東邦の小学部に編入し てきたのが4年生の時だ』
「すげえよな、あちこち転々…」
 話に聞き耳を立てながらこっちで松山がつぶやく。だが、そこまでは彼らもあらましを 知っている部分だ。
「じゃ、一樹のお父さんはその頃何をしていたのか、聞いてるかい? そしてクウェート から帰国した事情とか」
 岬のデータの片隅で偶然見つけた小さな記事。十数年前の事件に関わりのある、名前の 主は…。
『いや? そっちは最低限のことしか聞いてないが。今の通信社の仕事くらいだな、知っ てるのは』
「……そうか」
 三杉は考え込む。親しい友人にも話していないとなると、あとは本人に聞くしかないと いうことだ。
『で、それが今度のことと何か関係があるのか』
「かもしれない。いや、ないに越したことはないんだが」
 今度は島野が沈黙する。三杉の人間性を知っている者としてはこれ以上追及しても無駄 と踏んだらしい。あっさりと話題を変える。
『じゃ、送信先を教えてくれ。ホテルか?』
「そうだよ。電話代はこっちで持つからよろしく。どうせサッカー協会が面倒見てくれる からね」
『なら安心だ』
 ジャカルタは遠い。安心かどうか、本当のところはわからないまま切るしかないことに 島野は少し皮肉を込めたようだった。
「すまないね。じゃ、頼むよ」
 電話を切り、三杉は小さく息をつく。ご苦労さん、と言うように松山が肩を叩いた。
「いい相棒持って幸せもんだな、一樹も」
「本当にね」
 2人は頼んだ送信を待つためにパソコンの前に戻った。
「――3才か」
「時期は合うね」
 確かな証拠はない。が、島野の話でただ一つ確認できたことがあった。クウェートで起 きた事件の年と、反町一家がクウェートを離れた年が一致したのだ。
「岬くんは」
 三杉は表情を曇らせていた。
「何も知らなかったからこそ一樹に協力を頼んだんだろうな。14年前の事件にチェック を入れていたのは確かなんだ。でも、それが一樹に繋がるかもしれないなんて、思っても いなかったんだろう」
「そうだな」
 少し首をひねり、松山はゆっくりと口を開いた。
「岬は、本来なら何でも自分だけでやっちまいたいはずだよな。危険だって自分が独り占 めしようってヤツだ。それが今回はしかたなく一樹に頼った。だとしたら、あいつにまで 危険な目に遭わせる気は絶対なかったんじゃねえのか」
 三杉は黙って顔を上げた。二人で、同じ言葉を思い出したのだ。
――『ここからは一人で行ける』
「あれは、一樹を危険から遠ざけようとした言葉だったんだね」
「ここまで巻き込んどいて、それはねえよな」
 松山の感覚ではそうなのかもしれない。
「それに、現にとっくに巻き込まれてたんだもんな、その、14年前から。逆に、一樹の ほうに岬が巻き込まれたとも言わないか?」
「そうかも」
 三杉はデータを受信したことを確認するとそこで一度松山を振り返った。
「実は、ヒントは岬くんではなく一樹のほうが持っていたってこともありそうだね。これ が、何かの突破口に繋がるといいんだが」
「こんがらがった奴、か――」
 松山はさっきの島野の言葉を繰り返す。
「あいつ、以前言ってたよな、子供の頃、コンピュータとビデオが遊び相手だったって」
「うん、覚えてるよ」
 反町のただならぬ腕前を知った時に、2人はその理由を本人に尋ねたことがあったの だ。
「日本に戻ってからだったようだね、サッカーを始めたのは」
「てことは――」
 松山は眉をしかめた。
「サッカーのおかげであいつはあれ以上こんがらがった奴にならずにすんだ、ってわけ か」
「うん」
 珍しく三杉が困った顔になった。
「そういうことにしておこう」
 こればっかりは本人でも判断できないところだったかもしれない。









 BACK | MENU | NEXT >>