第5章
証 明
1
◆
カーソルが移動していた。
自動的に画面が切り替わる。
『E・S社の昨年期収支決算。同期予算内の部門別配分――』
岬の目は文字を追っていなかった。それらのデータの先にあるもの。あるいはデータの
姿をして潜んでいるもの。
マダム・ブルーという組織はまさにそういう存在だった。
E・S社の資金の一部が常に一点へと動いている。蓄積ではなく、さらにどこかへと動
いていくために。
その行き先はこちらからは見えない。追って行ってもおそらくいくつもに分散し、名や
姿を変え、膨大なアドレスを吐き出すだけだろう。マダム・ブルーはそんなふうにして必
ず影の中にいた。
岬の思考はむしろ漠然とした抽象に向かって行く。
この形を何と呼べばいいのだろう。紛争があり、確執があり、憎しみがある。国境と、
それ以上の溝がある。そこには血が流れ、そして権力と金が動く。
形のない抽象。姿はなく、ただ名前だけがある。
マダム・ブルー。
企業としての、国家としての、また個人としての欲望や憎悪をどこまでも貪欲に巻き込
みながら、それらを超えた一つの意思がある。その在り方が、むしろ純粋な透明感を持っ
てしまうことに岬は驚く。これはなんというアイロニーだろう。
しかし彼はただ感嘆しているわけにはいかなかった。目指すのはそこ。E・S社の用意
した果てのないデータのさらに奥。
軍需産業とその市場のパワーバランスに大きな力を振るうオーガナイザー、マダム・ブ
ルーは、今この瞬間にも新たな動きを続けているはずなのだ。
キーを叩いておいて岬は席を立った。こちら側のプリンターは低い音を立てながら資料
を次々と吐き出している。その1枚を手に取りながら、岬はふと背後を振り返った。
モニターが刻々と無機的な数字の列を重ね続ける。青い反射光が、テーブルの縁で音も
なく揺らめいている。
岬はずっと監視の目を感じていた。
生身の人間のそれではない。コンピュータの中、回線のいたる所にその影は存在してい
た。
『エラー。このサーバーはアクセス制限しています』
彼の動ける範囲はE・S社のいわゆる社内LANに限定されていた。直結された固定リ
ンクでのみ自分のデータベースにアクセスできるものの、その領域をわずかでも越えるこ
とは不可能であった。
インターネットはシャットアウト状態。メールを含めた書き込みはどんな形であれ送信
不可。課題をこなすにはこれだけで十分だ、ということをアピールしているのだろう。
「――包囲網の中、ってわけ。ボクを猛獣か何かと勘違いしてるみたいだな」
いや、勘違いと言い切っていいかどうか。
「余計なことは考えずにせっせと働け、ってことか」
外部との接触は断たれている。あくまで必要最小限の自由なのだ。やはりこれも軟禁状
態の一種と言えた。庭園だけが開放されていて屋敷の中では閉じ込められている。今のこ
の状態とまさに同じである。
岬は庭園の光景を思った。
これがあの庭園と同じ意味を持つのなら、そこで岬を密かに監視している存在が何なの
か、疑う余地はない。
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