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「光、どうだい、そっちは」
「まあまあだな」
ホテルの一室で別々にパソコンに向かっている二人――よく似合っている一人と全然似
合わない一人とでそれぞれに真剣に課題に取り組んでいるところだった。
「ほら、ここ、けっこう人が動いてる」
松山がやっているのは中世のファンタジー世界を舞台にしたRPG。それはあるハッカ
ー少年が自分の企業秘密をゲームの形に移植したものだった。
画面では王宮の広間を様々な姿のキャラクターたちが動き回っていた。これが実際の世
界ではネットワークを利用中のユーザーであると教えられているから松山も無闇に接触し
たりはしない。彼が三杉に示したのは、それらとは別の、人間の姿をしていない存在だっ
た。壁に沿った一角でうろうろしながらしきりに首を振っている緑のドラゴンである。
「壁のこのあたり、隠し扉がありそうだね」
「岬の匂いでも嗅ぎつけたかな」
背後に立った三杉に、松山はぽつりとつぶやいた。本人に他意はないにせよ、その直感
の思い切りのよさは三杉の心臓をしばしば脅かすことになる。もっとも三杉はそれを強心
剤の一種だと言って笑って受け入れているのだが。
「――そうかもしれないね」
今回も三杉は微かに苦笑を浮かべただけだった。
「ドラゴンはフィードラーの道具ではあるけれど、同時にフィードラーのサーチもしてく
れそうだ。消えた彼の痕跡を追ってくれているのかも」
「ふん、一樹らしいよな」
反町が自分の技を注ぎ込んだハッキングプログラムである。そのハッカーとしてのテク
ニックを岬はこのドラゴンを使って自らのものにできるのだ。ネットワークの舞台の表と
裏を縦横に縫っていく、その抜け道の迷路を誰にも知られずに通っていくその技を。
「岬をどこまで信用してたかだ。こうやって追いかけていけるように仕込んでおいたなん
てな。しかも、内緒でだぜ、どうせ」
そう、反町という男はそうそう単純に飼い慣らせるものではない。どういう依頼を受け
たとしても最終的には自分の趣味を優先させているはずだ。その点では松山も三杉も見解
は一致している。そもそもこんなゲームにしておくなんて、趣味以外の何だと言うのだろ
う。
「そこは覚悟してるよ」
三杉は画面をじっと眺めた。自分の作業に使っているマップと見比べながらゲームの展
開と照合させる。
「そこ、通れるかやってみてくれるかい」
「よし」
ドラゴンが示す場所でパスワードを試してみる。反応があった。壁に紋章の形のアイコ
ンが出現する。そこにポイントするといきなり別のウィンドウが開いた。
「なんだ? ゲームの途中で普通の表示になったぞ」
「これはどこかのレファレンスサービスに接続してしまったようだね。これもカムフラー
ジュの一つかな。まあ、ゲームとは言っても現実のネットワークとリアルタイムで連動し
ているんだからこういうことも有り得るよね」
「ふうん。映画のセットの中でドアを間違えてスタジオ部分に飛び込んじまったみたいな
もんか」
相変わらず自分にわかる世界に勝手に翻訳してみせる松山である。
「でも、関連はあるはずだよ。岬くんの動く領域内なのは間違いないんだ。今はどこかに
閉じ込められてるにしても――」
「おっ!」
松山が声を上げた。三杉も身を乗り出す。画面はまたさっきのゲームに戻って、まった
く見覚えのない場面に切り替わっていたのだ。
「アイコン?」
「『双つ身の天使』――奇妙な名前のファイルだな。ああ、確か旧約聖書の中に出て来た
言葉だ」
さっきと同じように壁に浮かび上がったアイコンは、しかし開こうとしても反応がなか
った。
「何か特殊なパスワードがあるようだね。中は何だろう」
「じらされると余計に気になるよな。岬のなのか?」
「ちょっと違うようだよ。ドラゴンが嗅ぎつけたものってことは、岬くんか一樹か、その
両方か、とにかく彼らに必要なものなんじゃないかな。それとも…」
三杉は考え込む。
「岬くんをおびき寄せるための餌、とか」
「ありそうだ。おびき寄せたいのは俺たちも同じだけどな」
振り返って顔を合わせ、松山はにやりとする。
「で、おまえのほうはどんな具合だ?」
ゲームに取り組んでいた松山と違って、三杉は14年前の事件の記録を各所から集めよ
うとしているところだった。なかなか思い通りには進んでいないらしい。
「ちょっと不思議なことがあるんだよ」
三杉は自分のパソコンに戻った。
「島野くんの話でいくと、一樹は3才になる直前にクウェートから帰国していることにな
る。一家揃ってね。ところが、記録にあるのは2人だけ、一樹とお父さんの名前だけなん
だ。お母さんと妹の記録がない」
「一足先に帰してたとか?」
「うーん」
三杉は首を振る。
「それだけじゃないんだ。約半年後に今度はスペインに赴任した時だと思われる出国記録
があって――これも、2人だけなんだよ」
「妙だな」
松山はつぶやいて、そしてあることを思い出す。
「そうだ、外国暮らしの間、遊び相手はコンピュータとビデオだけだったって、あの話。
家ではいつも一人だった、っていうのは――」
「まさか、それって…」
三杉も目をみはる。
「お母さんと、妹はいなかった――!?」
反町の秘密は、ここにもありそうだった。
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