4
◆
「つまり対立する2つのグループの両方に手を出してたってわけか、ここのオジサン」
入った所はガランとした広くて無愛想な空間だった。一角に撮影用らしいセットが組ま
れているが人影はない。
「ヤラセ事件で名を売った男だしな。陰でそれぞれに資金援助をして対立を煽るくらいは
お手のものだろうな」
「金になるならなんでもやるさ」
いきなり声が響いた。ぎくりと振り向くと撮影機材の陰から30代半ばの男が姿を現わ
したところだった。短く刈り込んだ髪にスーツをラフに着崩したスタイルでにやにやと笑
いかける。
「あんたたちと同じだよ。俺はスキャンダルを提供し、あんたらはそれを世間に売る。共
存共栄ってやつだろ」
『――俺たち、誰なんですか?』
『誰だろう…』
「あんたたちが一番乗りだね」
ひそひそ話し合う2人をイベント屋は手招きした。先に立って歩き出す。
「情報屋を通じて数社に連絡を回しておいたんだが、その鼻の効き方を見ると、俺とどっ
こいどっこいじゃないのかい、若いのに」
山本は眉をしかめて反町を見た。どうやらどこかのスキャンダル記者と間違われている
らしい。反町はニッと笑い返す。
『誉められちゃいましたよ、せんせ』
イベント屋はセットの前に足を止めた。ソファーが2つテーブルをはさんで置いてある
だけの簡単なセットだ。
「もう間もなく女史が着くはずだ。ここの席でゾクのヘッドと衝撃的な対面をしていただ
くからね。暴走族だった代表選手、そしてそれを金でもみ消そうとする学校関係者…って
演出さ。これこそオリンピックの汚点!ってわけだ」
「げっ!」
反町が口を押さえる。敵も先手必勝がモットーだったとは。山本はぐいと前に出た。相
手をまっすぐ睨みつける。
「スキャンダルは金になる、だって? 売るのはマスコミだけじゃないだろう! スキャ
ンダルで京子さんをつぶせばいい目を見る連中がいる以上な!」
「な、何を…?」
予想もしていなかった指摘を受けてイベント屋が顔色を変えたその時だった。爆発のよ
うな衝撃音と同時にいきなり外の光が弾けた。シャッターを突き破って轟音と共に転がり
込んで来た黒い塊にセットにいた3人が棒立ちになる。
「――れ?」
それは二人乗りしたバイクだった。闇雲に突っ込んで来てセットの寸前でギリギリ止ま
り、かろうじて転倒は免れたようだ。
「わー、壊しちまったか? ハンドル、曲がっちまった…」
「ばーっか野郎ぉ!! 危ねえだろが!」
タンデムシートから飛び下りたほうがヘルメットのシールドを上げて怒鳴った。
「ひゅ、日向さん!?」
「――ん?」
これで人間には何の損傷もないのが怖い。運転していたほう――松山にダメージがない
のはいつものことであるが。
「おまえが後ろでごちゃごちゃ言いやがるから、見ろ、借りモンを壊したじゃねえか」
「突っ込んだのは自分だろうが! どういう運転をしてんだ、おまえは!」
騒ぎに驚いて奥から駆けつけてきたスタッフたちも唖然として見ている。凶暴な目つき
の2人組のののしり合いは、こういう状況下でなくても心臓に悪い。
「あ〜、あの…」
「なんだ、反町か。どうした」
振り向いたらいきなりぽかんとした表情になる日向だった。
「どうしたはこっち。どーなってんすか、これは…」
「俺たち、若島津を追っかけて来たんだ」
松山もヘルメットを取って神妙な顔になった。
「若島津ぅ〜!?」
「あの車がクラブハウスに来ていきなり若島津を乗せて行っちまってよ。で、追いかけて
きた…」
犬じゃないんだから、何も考えずに追いかけてこれじゃあ…。
と思いつつシャッターの外に視線をやる。「あの」と言われたモノがそこにあった。
ビルの入り口のすぐ脇、電柱の根元に白い乗用車が突っ込んでいた。それ系の改造車
だ。浮いた車輪から外れたホイールが空しく回っている。運転席で仰向けにのけぞった男
が放心状態で宙を見ていた。
「――おい、若島津はっ!?」
「ここですけど」
車の背後からぬっとジャージ姿が現われる。叫びかけた日向は口をポカンと開けた。
「衝突する前に勝手に降りさせてもらいました」
――こいつら、人間じゃない。
「小泉京子はどうした! 連れて来なかったのか!?」
駆け寄って来たイベント屋が怒鳴ったが、運転手と後部座席のもう一人はがっくりとし
て答える気力もなさそうだった。それなら、という顔で若島津が口を開いた。
「こいつら、俺のことを小泉理事と勘違いしてたみたいでして」
「――なにぃ!?」
東邦組プラス松山がげんなりした顔になる。
「あんまり笑えたんでそのままついて来ました」
にこりともせずに言う若島津であった。このガタイ、この不気味さを小泉女史と考えた
イベント屋の部下もそういう意味では大物かもしれない。
「あ〜あ、これ、校長のバイクじゃないか。知らんぞ、俺は…」
東邦学園高等部校長の趣味の愛車、ヤマハドラッグスター400を見下ろしてため息を
ついている山本の言葉を耳にして、イベント屋はパニック顔で振り返った。
|