第4章
ダンジョンズ&フィードラー
1
◆
「岬くんの頭の中を覗くのも大変だ…」
三杉はため息を吐きながら言った。
「膨大で、とりとめがなくて。まあ、無理はないんだけどね」
出発前夜、東京で反町はそのファイルを三杉に預けて行った。三杉は根気強くその一つ
一つをチェックし、ピエールとも情報を交換しながら岬を追ったのだったが。
「でも、どれかが当たりクジなんだろ?」
練習の後のシャワーにまだ髪を濡らしたまま、松山は部屋の中を歩き回っていた。岬が
来なくても、岬を名乗っていた反町が消えても、試合だけは必ずやって来る。今は練習に
集中するしかない、と彼らは結論を出したのだ。
「そう願いたいね」
三杉は次のファイルを開いた。
「岬くんが何を追っていたのか、この中のどれが今回の最終ターゲットなのか、とにかく
一つずつ確認していくしかないんだ。一樹が隠していた岬くんとの共同作業は、この中の
どれかに関係しているはずなんだし――」
その時三杉の手がふと止まったのに松山が気づく。
「どうした、それが当たりなのか?」
「いや、これじゃない。でも…」
三杉の顔は緊張していた。
「検索ワードで無作為に拾って来てあった情報の中に、まだ圧縮したままの――つまりダ
ウンロードしてそのままになっていた未整理の情報の一つなんだが…」
「つまり、岬も一樹もまだ見てないってことか」
「そうなるね。日付けから見ても。開いた形跡はない」
三杉は画面を凝視し、それからゆっくりと松山を見上げる。
「これは、大変なスクープかもしれない」
松山は黙って眉を寄せた。
「岬くんは、フランスの軍需部門の国策企業であるE・S社と、国際的武器トレーダーで
あるマダム・ブルーの関係を探っていた。彼の研究のテーマは、その中のアラブ・コネク
ションと言われるルートに焦点を当てたものだったらしいんだが」
「アラブ…?」
「欧米の各国が兵器輸出の得意先にしているのが、第三世界の特に中東諸国なんだ。軍事
的整備が遅れている一方で、資金はオイルマネーで潤っている。歴史的にも覇権争いを繰
り返して来た地域だけに、冷戦構造が終わって以降は欧米からの武器の流れは完全にこち
らが主流になっている。各企業はそれぞれの国の外交手段の一つとしても売り込みをエス
カレートさせているんだ」
その中でも特に強力なコネクションを持つと言われているのがE・S社であり、それを
背後から支えているのがマダム・ブルーとされているのだが…。
「しかし、マダム・ブルーという組織はとにかく実体が謎なんだ。中心人物さえ特定でき
ていない。その国籍も、名前も、バックボーンも。岬くんはあえてその謎に挑んで、しか
もこんな所まで秘密に近づいていたんだ――」
「それが、このスクープってか」
「そう」
三杉は画面に眼を戻した。
「人物の特定とまではいかないが、これによると出身はサウジアラビアの王家の血筋、と
なっている。たとえばこの古い外電記事…」
それは十数年前、サウジアラビアとクウェートで起きた、言わば王家の内紛を伝えるも
のだった。この2つの独立国も、近辺の首候国も、同じ一族の王家が長い歴史の中で支配
してきた、言わば互いに親戚筋ばかりということになる。
「その事件では逮捕者や追放者が多数出たようだ。宗教の戒律が厳しい国だしね。で、マ
ダム・ブルーの代表者というのはこの時追放処分を受けた一人と考えられる――というん
だ」
処分を受けた王族のメンバーたちは、下級公務員を除いて名前は明らかにされていな
い。人数すらもである。が、この事件に関与して処分を受けた外国人も数人そこに含まれ
ていたらしく、名前がリストに連ねられていた。
「――おい、淳、これって!」
「ああ……」
二人で絶句する。
「K・ソリマチ、って――なんだよ、これ!」
「偶然、同姓の人がここにいた、って可能性もゼロじゃないが…」
偶然だとしたらなんとも奇妙な一致と言わざるを得ない。
「一樹って、クウェートで生まれたって言ってたよな、確か」
「そう、お父さんの赴任先で…」
「ええと、新聞社か通信社の記者だっけ、親父さん」
「だと思うよ。でも、ここには大使館員、となっているけど」
二人は思わず反町のベッドを振り返っていた。ここにはいないその主を探すように。
「あいつら、この情報は見てないんだよな?」
「そのはずだ」
三杉が動くより先に、松山は壁際のデスクに駆け寄った。ためらうことなく反町のノー
トパソコンを開く。
「光、勝手に触らないほうがいいよ」
まさか壊してしまうこともないだろうが。
「なんだぁ、これは…!?」
スタンバイのままになっていたパソコンが動き出し、作業中の画面が現われた。エンタ
ーキーを押すと、いきなり賑やかに電子音のエスニック風ファンファーレが響く。画面が
ぱっと全面に白くなったところへ、逆コマ落としのようにタイトルが組み上げられていっ
た。
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