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その日の午後、雨季の始まりを告げるスコールがあった。
あまりの雨しぶきに、景色の底が明るく乱反射して見える。人はみな家の中に逃げ込ん
でいるのか、人通りはぱったり途絶え、車もほんの時おりノロノロと過ぎるだけだ。
「小鳥が、すごいなあ…」
店の軒下に入って、そんな通りの様子を翼はびっくりしながら眺めていた。この通りが
特別なのか、ジャカルタではどこでもそうなのか、とにかく小鳥の籠が軒ごとに吊るされ
ていて大変な賑やかさなのだ。まさに雨音と競っている。
インドネシア人は小鳥を飼うのが異様に好きな国民かもしれない。ただ飼うだけではな
い。競い鳴きをさせるのだ。ブリーダーがちゃんといて、よりよい声で鳴く鳥が高い価値
を持つ。声の美しい鳥と並べて手本にさせたり、もっとお手軽にカセットテープで学習さ
せることもある。ミュージックショップにも流行の音楽と並んで小鳥のお手本テープが各
種揃っているくらいだ。
「――翼」
「あ、松山くん」
不揃いな雨だれの軒をくぐりながら、松山が小走りにやって来た。
「また黙って出て来たな」
自分もこの近くでいきなり雨に遭ったのだろう。髪をぷるぷると振って水滴を飛ばしな
がら松山は翼の横に並んだ。
「おまえ、勝手に出歩くなって言われてんだろ? ほら、こんな中じゃ体も冷やすし、よ
くねえんじゃないか」
「うん」
翼は松山の顔を見上げてぽつんと答えた。
「無理はすんなよ。本番(オリンピック)には出るんだろ? 体を治すほうが先なんだか
らな」
「でも俺、試合には出られないんだから、これくらいはやりたいんだ。犯人見たの、俺だ
けだし」
松山はそれを聞いて苦笑した。
「ほんとにしょうがねえなあ、おまえも淳も、変に責任感じちまって。まあ、とにかく無
理はすんな。したってしょうがねえさ。今のとこはな。一樹のことならあいつも覚悟の上
ってやつさ、まあいろいろと自業自得な事情があってな」
「反町くんて――」
その自業自得の片棒を担いでいる自覚のある松山が言葉を濁すのを追及することなく、
翼はまた小さくため息をついた。そして再びスコールの街に視線を戻す。
「反町くんて、ちょっと不思議な人だよね。国籍不明な感じ、って言うか。こういう街に
いても、日本人なのかインドネシアの人なのか無関係に溶け込んで。街の雰囲気にすごく
自然になじんでるって言うか」
「まあな、あいつは外国生まれの帰国子女だし、そういうのがもともと身についてんじゃ
ねえのかな、意識しなくても。顔もあんなだし」
「えっ」
ほとんど同じ顔をした松山の言葉に、翼は思わず絶句する。
「でも、わかるぜ」
松山はそこでにやっと笑った。
「あれはな、中身が外観に反映してんだ。つまり、どこにも属さない精神、ってやつな」
「どこにも属さない…」
口の中で呟いて、それから翼は改めて松山を振り返った。
「岬くんとやっぱり似てるかもしれないね。きっとね」
松山はただ肩をすくめただけだった。
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